「嫌なキャラ」を演じているのに…ディーン・フジオカに惹かれてしまうワケ。ドラマ『対岸の家事』で魅せた深い演技を徹底考察

text by 加賀谷健

ドラマ『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』(TBS系)で、育休中のエリート官僚パパ・中谷達也を演じ、初登場時から多くの視聴者の心を掴んだディーン・フジオカ。6月3日(火)に迎える最終回を前に、父親のリアルな葛藤を体現したディーンの魅力を紐解いていく。(文・加賀谷健)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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ローアングルが描き出す“夢”の世界

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第2話©TBS
『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第2話©TBS

 多部未華子主演ドラマ『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』(TBS系、以下、『対岸の家事』)で、ディーン・フジオカ演じる厚生労働省の官僚で育休中の中谷達也が初登場するのは、第1話ラスト近くであり、第2話から本格的に主人公に絡んでくる。まず夜の場面。

 自宅でパソコンに向かう中谷に対してカメラが下手から上手へゆるやかな移動撮影でさっと捉える。なんてことはないワンショットに過ぎない。でも中谷がすぐに再登場する場面のワンショットは、かなり印象的である。

 そのワンショットは、主人公・村上詩穂(多部未華子)が見た夢の中の断片として描写される。

 周囲から「絶滅危惧種」扱いされる専業主婦の無意識世界。幼い娘以外に話す相手がいないため、誰でもいいから話し相手になってくれる大人を待望する強い願いが、潜在的に作用したのか。詩穂が抱く半ば強迫観念を描くその夢。念願のパパ友になるはずの中谷とはまだ出会ってもいないのに。

 でも夢に見る中谷は、あからさまに詩穂を見下すような構図。詩穂が仰ぎ見る。視聴者もまたのけぞるように仰ぎ見る。極端にローアングルな画面上、クールで冷たい表情を浮かべるディーン・フジオカ……。

「嫌な男」なのに惹かれてしまうワケ

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第2話©TBS
『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第2話©TBS

 夢から覚めた現実で実際に会う中谷は、強迫観念をさらに増大させるような嫌な人物である。彼は専業主婦を「贅沢」だと言いきる。

 お互いの娘たちを遊ばせる公園の砂場で毎日顔を会わせるにはかなりキツイ。それくらい強烈なキャラクター性を夢の中のワンショットではっきりイメージ付ける。

 キャラに合わせた演技のトーン、動作や仕草のメリハリが明確なディーンらしい。さらにその決定的なワンショットになる夢の場面のローアングルで仰ぎ見るディーン・フジオカに対して、まるで金縛りのようにぼくらはほとんど強制的にときめいてしまう。

 嫌なキャラを演じているというのに、何でときめきを感じるのか。理由は簡単。夢の中だから。夢はそれを見ている人の心模様を拡大解釈しながら、時にほんとうに夢のような瞬間を擬似体験させてくれる。ドラマの中の夢の場面は、当然登場人物が見ている世界。だから視聴者は自分以外の夢を擬似体験することになる。そこに格好のときめき擬似体験の導き手であるディーン・フジオカ。

ディーン・フジオカが魅せる幻想の力

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第5話©TBS
『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第5話©TBS

 本作の中谷にはさすがにキャラ的にときめきを感じない人でも、向井理演じる諸葛孔明が現代に転生タイムスリップする音楽ドラマ『パリピ孔明』(フジテレビ系、2023)劇場版『パリピ孔明 THE MOVIE』(2025、以下、『THE MOVIE』)ならどうだろう? この映画でも夢の擬似体験が認められる。

 ディーンが演じるのは、孔明が「我が君」と慕い仕える劉備役。『THE MOVIE』冒頭から劉備が夢うつつのミュージカル的場面で初登場するのだが、それ以降孔明は何度も劉備を夢に見る。ドラマ版第1話でも上白石萌歌演じる歌手・月見英子が室内で歌う場面で盗み聞く孔明に語りかけてくる劉備がフラッシュバックする印象的なインサートがある。

 カメラ目線の劉備がローアングルの画面で写る。それを孔明目線で仰ぎ見る視聴者は、まさに孔明が幻視するインサートカットをほんとうに自分が見ている夢のように感じる。

『THE MOVIE』ではさらに描写が踏み込み、英子のレコーディングに同行する孔明が、英子を劉備として幻視する場面まである。英子がボーカルブースからでてきてもまだ劉備に見え続ける。

 明確に夢の場面があるわけではないが、ディーンがシャーロック・ホームズとイニシャルが同じエキセントリックな名探偵・誉獅子雄を演じた傑作月9ドラマ『シャーロック』(フジテレビ系、2019)。

 特別編では、ディーン出演場面がほとんど描かれないにもかかわらず、約90分の本編中終始フレーム外からフレーム内に向けて、常にその存在を見え隠れさせ、視聴者が幻視するかどうかスレスレのところで気配の名演を繰り出した。

中谷の“相棒”発言に宿る余韻

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』©TBS
『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』©TBS

『シャーロック』は、元医者で獅子雄の助手である若宮潤一(ジョン・H・ワトソンと同じイニシャル)との掛け合いが絶妙に噛み合う、ディーン・フジオカ&岩田剛典によるナイスコンビネーション、ベスト相棒賞もののドラマ作品だったのだけれど、『対岸の家事』を読み解く上でもこの「相棒」という概念がキーワードになっている。ディーン演じる中谷はほんと嫌な奴ではあるものの、幼い娘の育児の悩みを誰かと共有できたらとは思っている。

 そこで毎日公園の砂場で会うことになる詩穂とパパ友の関係になり、第2話ラストでは友だちではないがでも限りなく密接なこの関係性について、中谷が前のめりになって「相棒」と形容する(「相棒とか」と言う瞬間のディーンさんの愛すべき表情!)。

 テレビドラマ史上屈指の相棒関係を結んだ『シャーロック』続編を待望するぼくは、たとえ他作品ドラマであってもディーンの口から「相棒」というキーワードがでたことにビビッと脊髄反射的に反応してしまう。

ディーンの“英語力”が放つ破壊力

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第6話©TBS
『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第6話©TBS

 そうしたセンサーがつい働いてしまったのが、さらに第5話冒頭。子どもには早いうちから習い事をさせるべきだと主張する中谷がこの決め台詞。

「Strike while the iron is hot.」。日本語に訳すと「鉄は熱いうちに打て」ということわざ。さすが官僚。教養に裏打ちされた英語はマスト。いやいや、というか何よりディーン・フジオカの流暢な発音(!)。

 国際的俳優であるディーンは実に5カ国語が話せる。ディーンが初めて企画・プロデュースと主演を務めた力作映画『Pure Japanese』(2022)インタビューで、事実確認をすると「景気よく言うとそういうことですかね…」とフランクに謙遜して、ガハハと少年漫画のキャラクターのように笑っていたことを記憶している。

『対岸の家事』ではさらに、娘の英会話レッスン見学中に「ストローベリー」とやたら連呼したり、第5話ラスト近くではアメリカのことわざ「When life gives you lemons,make lemonade.(人生において辛いことがあってもくじけず、それを良いものに変えよう)」とフレーム外からさらりと軽妙に発する。

香港映画から始まった俳優人生

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第9話©TBS
『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』第9話©TBS

 ドラマの中で演じるキャラクターの発音としてだけではない。日本人としては初就任となる「アジア・フィルム・アワード」(AFA、第18回)アンバサダーとして現地会場のインタビューに答えるディーンは、英語から広東語に切り替えるという語学マスターの本領発揮ぶりだった(「クランチロール・アニメアワード2025」での金髪姿も話題!)。

 同じ中国語といっても広東語となると一般的な北京語とは違う言語世界。

 AFA授賞式が行われた香港などで話される広東語は、あの熱気を帯びたせわしなさが稀有な魅力で、1980年代の香港ニューウェーブの熱気を体現する重要な映画的要素だった。動乱の時代を生きる現在の香港映画でも広東語はイコール香港映画の精神といっても過言ではない。

 そもそも香港でモデル活動を開始したディーンが俳優デビューした映画が、香港映画『八月の物語』(2006)である。「90%広東語」だったという異国の言語に果敢に挑戦したディーンは、洋服工場の見習い役を演じた。

 昼の光が差し込む工場の柱にさっと手をあてる動作が印象的な場面では、横顔のクロースアップで写るディーンの長い前髪がやわらかな風になびく。香港映画ルーツ、香港映画の風を感じさせる俳優である。AFA授賞式では、同作の監督であるヤンヤンマクと再会を果たした様子がInstagram上にアップされており、その光景には胸が熱くなった。

『八月の物語』は第19回東京国際映画祭のアジアの風部門に出品され、それから20年近くを経てシンガポール・インドネシア・日本・イギリス合作のディーン主演映画『オラン・イカン』(2024)が第37回東京国際映画祭ガラ・セレクションで上映された。

 レッドカーペットに向かう前、ディーンは「日本からではなくシンガポールやインドネシアから来ています」と答えていた。

 今年からアジア映画の宣伝に携わるようになったぼくとしては、日本人俳優ながら来日可能な“国際的スター俳優”の主演作を、何としても日本で配給したいという思いが強くなる。

【著者プロフィール:加賀谷健】

コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修クラシック音楽を専門とする音楽プロダクションで、企画・プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメン研究」をテーマに、“イケメン・サーチャー”として、コラムを執筆。 女子SPA!「私的イケメン俳優を求めて」連載、リアルサウンド等に寄稿の他、CMやイベント、映画のクラシック音楽監修、解説番組出演、映像制作、 テレビドラマ脚本のプロットライターなど。
2025年から、アジア映画の配給と宣伝プロデュースを手がけている。
日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。

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