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なぜアカデミー賞を制覇? 映画『エブエブ』のすごさを解説。まさかの涙…“本のプロ”の視点で考察【映画と本のモンタージュ】

映画から受け取った感動をまったく別の体験に繋げることで人生はより豊かになる。本コラムでは、ライターでブックレビュアーのすずきたけしさんが、話題の映画のレビューと共に、併せて読むことで作品理解が深まる本を紹介。“本のプロ”の視点から映画と書籍を繋げることで、双方の魅力を引き出す。記念すべき一回目は、第95回アカデミー賞で作品賞他7部門を制覇した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を考察。(文・すずきたけし)

【著者・すずきたけし プロフィール】

ライター。『本の雑誌』、文春オンライン、ダ・ヴィンチweb、リアルサウンドブックにブックレビューやインタビューを寄稿。元書店員。

人生の選択により別の宇宙に枝分かれ…。
マーベルでお馴染みのマルチバースを巧みに取り入れる

© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
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確定申告の期限が迫る3月。購入したビデオゲームの領収書を眺めながら、もし自分がプロゲーマーだったら経費に落ちるのだろうか?としばし妄想をしていた自分を思い出した。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)は、冒頭からそんな自分と重ねてしまう映画であった。

舞台はアメリカ。コインランドリーを経営しているエヴリン(ミシェル・ヨー)は、能天気な夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)と父親のゴンゴン(ジェームズ・ホン)と暮らし、娘のジョイは反抗期でギクシャクしている。ランドリーには監査が入り、領収書の束を持って国税庁へ説明に赴くと夫のウェイモンドが豹変。別の宇宙アルファバースから来たと話す“アルファ”ウェイモンドは、全宇宙が強大な悪であるジョブ・トゥパキによって混乱が持たされているという。かくして別宇宙に存在するもう一人のエヴリンのスキルを“ダウンロード”?する「バースジャンプ」を駆使しジョブ・トゥパキを倒すことになるエヴリンだった。

なるべく簡単にあらすじを説明しようとしたものの、端的に要約するのはなかなか難しい。それが『エブエブ』である。ドタバタコメディやカンフーアクションだと思って気楽に観に行ったら、涙で頬を濡らしながら劇場を後にすることになったのだから驚きである。

映画の題材となるマルチバース(多元宇宙)は、自分たちが存在する世界(宇宙)とは別の宇宙が存在し、それが無数にあるとする仮説である。近年のMCU作品でも扱われ、アメコミでは古くから使われている世界観でもある。

『エブエブ』では、人生の様々な局面の選択により別の宇宙に枝分かれしていく。若かりしエヴリンが夫のウェイモンドとの恋を選ぶか、それとも別れを選ぶかで彼女の人生は二つの宇宙(バース)に枝分かれ。複数の世界線に分岐したエヴリンの人生がそれぞれ並行する形で続いていくのである。映画では「バースジャンプ」という機能を使い、カンフーマスターとなった人生のエヴリン、歌手の人生を歩むエヴリンといった別宇宙の別人生を歩んだ自分のスキルをダウンロードし、ラスボスであるジョブ・トゥパキとの闘いに挑む。

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