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井上雄彦は勝ち負けにはあまり興味がない?
スラムダンクの主題は「勝敗の先にあるもの」

ふと、この山王戦について考えてみたときに、この試合は「最も有名な架空の試合」ではないかと思った。我々は当たり前のように山王=「サンノー」と読む。桜木が「ヤマオー」と誤読するシーンは映画でも描かれ、オーディエンスは揃ってクスッとするわけだが、行ったこともない秋田県(など)の地名のことを「サンノー」と読めている我々の方が桜木よりもよっぽど異常である。

もっと言えば、この試合は「どちらが勝つか、みんなが知っている試合」である。僕はスラムダンクを全巻持っていたし何度も読み返したが、その度に湘北が勝つと知っているページをめくって熱い気持ちになって、サッカーの練習に向かった。本作も、もちろん違う結末が用意されている可能性もゼロではなかったが、みんな基本的には湘北が勝つと思って観ている。それでも僕たちは手に汗握って、この試合に釘付けになっていた。これはとても不思議なことだ。限りなくスポーツに近いものを観せられている僕たちは、一体 何に心揺さぶられていたのか?

スラムダンクの主題は「勝敗の先にあるもの」だと思う。本作も、ミーム化した名言が息つくまもなく投げ込まれるわけだが「あきめたら、そこで試合終了ですよ…?」「『負けたことがある』というのが、いつか大きな財産になる」など、勝ち負けの先の事柄に対してこそ、印象的な言葉が用意されている。そもそも、井上雄彦は勝ち負けにはあまり興味がないようにすら思える。実際、湘北高校は絶対王者を倒したとはいえ、たかだかインターハイの2回戦で勝っただけ。インターハイの2回戦での勝利、そして描かれもしない3回戦での敗北で完結するジャンプの漫画が、後にも先にもあっただろうか。

僕はサッカー界にいるとき、特にプロになってから、ほとんどの価値判断が勝敗に収斂されていくことに虚しさを感じてきた。勝つために全力を尽くすのは当然だが、負けたからその過程が無駄になるかと言われると、そんなことはない。ただ、そうした分かりづらい真実は片隅に追いやられ、運良く勝っている人は成功者のように振る舞い、そうでない人は自分自身を否定する。僕たちの人生は “勝ち負け” というイベントによって、真っ二つに語られるような性質ものではないことには、何となく気づいているはずなのに。

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