シンクロする1940年と2020年。映画『占領都市』評価&解説レビュー。スティーヴ・マックイーン監督最新作を考察
アカデミー賞最優秀作品賞受賞作『それでも夜は明ける』(2013)を手がけたスティーヴ・マックイーン監督が、ナチスドイツの占領下で10万人以上が虐殺されたオランダ最大の都市アムステルダムの忌まわしい過去にカメラを向けたドキュメンタリー映画『占領都市』が公開中だ。細部に着目することで本作の魅力を浮き彫りにする。(文・青葉薫)【あらすじ、解説、考察、評価】
「ホロコースト」をめぐる映画史
歴史は想像力によって伝えられてきた。
地層。化石。遺跡。遺構。絵画。伝聞。文献。そして、写真。残された記憶の欠片を手掛かりに、わたしたちは先人たちの営みを想像し、歴史という物語を編んできた。過去に学び、現在を省察し、より良い未来を創造していく為に。少なくとも1891年にエジソンがキネトスコープ(映写技術)を発明するまでは。
20世紀は「映像の時代」と言われている。だが、映像をもってしても描くことのできない歴史がある。そのひとつが「ホロコースト」。第二次世界大戦中にナチス・ドイツが国内や占領地でユダヤ人らに対して国策として行った大量虐殺だ。当時ヨーロッパにいたユダヤ人の3分の2にあたる600万人が殺されたと伝えられている。
2018年に亡くなったフランスの映像作家クロード・ランズマンは「どんなフィクションもホロコーストの残酷さを描くことはできない」と映画の「表象不可能性」を提唱。ホロコーストの証言を9時間27分に渡って綴ったドキュメンタリー『SHOAHショア』(1985)を発表した。
2024年5月に日本公開された『関心領域』はアウシュビッツ強制収容所の隣りで暮らす無関心な一家の日常を描きながら、聞こえてくる様々な音を手掛かりに壁の向こうで起きている虐殺という非日常を観客に想像させるというセンセーショナルな風刺作品だった。
2024年の年末に公開された『占領都市』も想像させるドキュメンタリーだ。英国出身の映画監督スティーブ・マックイーンが、妻で歴史家のビアンカ・スティグダーの著書「ATLAS OF AN OCCUPIED CITY(AMSTERDAM1940-1945)」を原作に製作。1940年5月15日から5年間に渡り、ナチス・ドイツの占領下にあったアムステルダムで起きたユダヤ人に対する迫害と人権蹂躙を、アーカイブ映像やインタビューによる回想を一切用いずに描き出している。
舞台は2020年代のアムステルダム。オランダの首都として栄えたヨーロッパ屈指の大都市だ。冒頭、カメラは街の一角にある民家の廊下を歩く主婦と思しき女性の姿を捉えている。その建物が80年前は出版社だったこと。ここで暮らしていたユダヤ人一家がイギリスへの亡命を企てた港で命を絶ったことが抑揚のないナレーションで語られていく。
1940年5月15日、ナチスドイツがアムステルダムを占領した日の話だ。