「自分じゃない誰かを演じることが喜び」気鋭の若手俳優・八条院蔵人が語る、役者業の醍醐味とは? 映画『水の中で深呼吸』インタビュー
揺れ動く10代の心を描いた映画『水の中で深呼吸』が、7月25日(金)より公開される。本作で主人公・葵(石川瑠華)の幼なじみである昌樹を演じた若手俳優・八条院蔵人さんにインタビューを敢行。現場でどのように役作りを行っていたのか。撮影の裏話やオーディションのエピソード、役者という仕事の醍醐味について、たっぷりと語っていただいた。(取材・文:山田剛志)
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「映らない部分も生きる」八条院蔵人が語る役作りと覚悟
―――本作で八条院さんが演じた昌樹は、異性からモテ、傍から見ると何も悩みがなさそうだけれども実は人知れず葛藤を抱えている、多面的なキャラクターでした。出演にあたり、オーディションを受けられたそうですね。
「はい。実は、オーディションの時にいただいた台本では、昌樹の性格はより角が立っていて、他の登場人物にもっとネガティブな影響を与えるようなキャラクターだったんです。安井祥二監督とは『この登場人物に対してこんなことをするけど、その行動の裏には昌樹なりの繊細さがあったりとか、不器用さ、本当の気持ちが隠れているんじゃないか』といったことを、オーディションの際にディスカッションをした記憶があります」
―――『この役、どう思う?』という演出家から演者への問いかけがあって、ディスカッションを重ねることで一緒にキャラクターを作り上げていったのですね。オーディションでは、具体的なシーンもおやりになったんでしょうか。
「はい。オーディションでは、ロッカーの中に人を押し込む、といった本編にはないシーンをやりました。完成した映画からは見えてこない、昌樹の別の部分だったと思います」
―――想像になってしまうんですけど、監督は、あえて極端に荒々しいシーンを演じてもらうことで、それが昌樹というキャラクターに本当にふさわしい振る舞いなのか、テストする意味合いがあったのかもしれないと思いました。役作りをする上で、多くの示唆を得たオーディションを経て、クランクインまでの間にどのような準備をなさいましたか?
「昌樹は水泳部のエースという役どころだったので、体作りには特に意識を向けました。台本をいただいてからクランクインまではわずか2〜3週間しかなかったのですが、その短い期間で“毎日泳いでいる人”の体に近づけなければならないと思い、スケジュールを組んで本格的に取り組みました。
泳ぐこと自体はできたんですが、飛び込みなどの細かい動作や苦手な種目はこの期間で克服しようと決めていました。たとえ本編に映らなくても、そういった部分までしっかりと作り込むことが大切だと思ったので、友人に協力してもらったり、元水泳選手の方に細かい指導を受けたりして、徹底的に準備しました」
―――映らない部分をも作り込むという意識は、もともとお持ちだったのですか?
「そうですね。たとえ映らなくても、その人がまとっている“空気感”みたいなものは、確実にスクリーンに表れると思っていて。以前から自然と癖や喋り方なども含めて、細かい部分まで意識するように心がけています」
―――八条院さんの中でも、事前に地固めをしておくことで、自信を持ってその場に立てるという側面もあるのかなと思いました。
「それはありますね。監督をはじめ、誰に何を言われたとしても、自分が生きる役については、すべてのことにちゃんと責任を持って答えられなきゃいけないと思っていて。僕自身のことなら言葉にできるのは当然ですけど、もし昌樹のことを自分の言葉で語れなかったら、それはもう“昌樹を生きていない”ってことになってしまいますから」
石川瑠華との共演で生まれた空気感
―――石川瑠華さん演じる葵が、自身のジェンダーや人間関係に揺れる姿は、この映画の主旋律を形作ってはいますが、周囲の登場人物たちも驚くほど活き活きと描かれていると感じました。特に昌樹の葛藤が丁寧に描かれていることで、作品の世界がぐっと広がった印象を受けました。
「昌樹は、自分の殻に閉じこもるのがすごく得意なキャラクターだと思っていて。でもその一方で、自分から殻を開くのはとても苦手で、不器用な人間なんですよね。だけど、自分でもうまく出せない気持ちを、どこかで優しく包み込めるような、そんな一面も持っている。昌樹は、自分自身をちゃんと受け止めることができる人でもあると思っていて、そういう内側の優しさが、結果的に周囲の登場人物たちにも少しずつ影響を与えているのかなと。
だからこそ、監督とはずっと、昌樹のセリフ一つひとつを丁寧に確認しながら作っていきました。『これは本当に昌樹が言う言葉なのか?』、『この一言は、昌樹じゃなくても成立しちゃうのではないか?』など。そうやって試行錯誤を繰り返して、最終的に観た人が『昌樹って愛おしいな』『この人を応援したくなるな』と思ってもらえるようなキャラクター像を目指して、監督と一緒に積み上げていきました」
―――具体的に削られたセリフや、逆に追加されたセリフなど、印象に残っているものはありますか?
「やっぱり一番大切なのは、葵とのシーンだと思っています。だからこそ、葵にかける言葉や、葵から何かを受け取った時の昌樹の反応をどうするか——たとえば照れたように言うのか、それとも思春期特有の不器用さでちょっと反発してしまうのか——そういう細かなトーンや感情の動きについて、監督と何度も話し合いました」
―――2人は幼馴染という関係性で、昌樹が葵の部屋に自然に入り込むほど距離は近いんですが、葵は幼馴染としての恋心に気づいていない。昌樹の方もそれを伝えきれていない。物理的にはすごく近いのに、超えられない距離がある。その“近さと遠さ”が、2人のシーン全体に常に映っていた気がします。
「そうですね、ありますね。手を握るという一つの動作だけでも、もうドキドキしてしまうというか、胸が弾けそうになる感覚というか…。すごく…なんていうか、“青春そのもの”かなって(笑)」
―――葵に背中を向けて本を読む、というのが昌樹のある種のルーティーンになっていますが、昌樹が部屋に入ってきても、葵は起き上がりもせず寝転がったまま。それがまた、2人の関係性を象徴しているように感じました。
「居心地が良かったんだと思います。自分の家や自分の部屋よりも、プールの中と同じくらい、昌樹にとっては“葵のそば”が心落ち着く場所なんですよね。言葉にはできない想いもあるけれど、それでも一番、昌樹が素の自分を出せていたのは葵に対してだったと思います。だから僕も、あの部屋のシーンには、そういう空気で入っていきました」
―――石川さんと共演するにあたって、コミュニケーションはどのように取られていたのでしょうか?
「クランクイン前から、石川さんとはよく一緒に泳ぎに行っていました。プールで飛び込みの練習をしたり、水泳の動きを確認し合ったりしていて。撮影の始まる前から、まるで本物の幼馴染のように自然な距離感ができていたんです。3日に1回くらいのペースで会っていたので、その時間の積み重ねが、役としての“居心地の良さ”にもつながっていたと思いますし、僕自身、石川さんと一緒にいる時に居心地の良さを感じていました」
―――今回共演されて、役者・石川瑠華の魅力はどこにあると思いましたか?
「実は、オーディションのときに偶然同じ時間帯で石川さんとご一緒していて。僕自身、以前から石川さんのことを知っていたので、ご一緒できることがまずすごく嬉しかったんです。実際に演技を拝見して、“羨ましい”って思ってしまうくらい素晴らしくて。セリフを受けるときのリアクションや、発する言葉に乗せる感情がとても自然で、ちゃんと心に響いてくるんですよね。
僕がセリフを発しているときも、しっかりと“聞いてくれている”感じが伝わってきて、言葉のやり取りだけでなく、存在そのものが対話になっているような。僕を包み込んでくれるような、安心感のある芝居をしてくださる方だと思いました」
目指すはファン・ジョンミンのような存在──
八条院蔵人の未来図
―――今回の現場を通して、役者として新たに得た学びがあれば教えてください。
「“体を鍛えること”の大切さですね。役を演じるにあたって、本格的な体作りに取り組んだのは今回が初めてでした。自分の体がスクリーンに映った時に、“この人がどう生きてきたか”ということが、歩き方や喋り方を含めて、体全体から如実ににじみ出るなと思って。だからこそ、そこを怠ってはいけないと改めて実感しました。今までも意識してきた部分ではありますが、これから年を重ねても、自分の中の“大義名分”として、しっかりやっていかなければいけないなと思いました」
ーーー内面だけでなく、その人がどんな体つきをしていて、どう動くのかという“在り方”まで含めて追求することの重要性を、スクリーンで自分を見て実感されたということですね。たしかに水泳をされている方の体つきって、独特なフォルムがありますよね。
「そうなんです。特に広背筋が特徴的で。それがしっかり表現できていなかったら、昌樹というキャラクターに説得力がなかったと思います」
―――役者という職業は、太ったり痩せたりといった体の変化を役に応じて求められることもありますよね。普通の職業ではなかなかそういった変化を人前で披露する機会はありませんし、ある意味、醍醐味のひとつとも言えるのではないでしょうか。
「本当に、ありがたい“副産物”だなと僕は思っています。役者って、作品ごとに生活のリズムや在り方そのものが変わることが多くて、それは大変でもあるんですけど…でも、その大変さの中で得られるもの、感じ取れるものって、やっぱり役者という仕事だからこその特権だと思うんです」
―――八条院さんは、自分が“自分じゃなくなる瞬間”というか、別の存在になることに、喜びを覚えるタイプなのでしょうか?
「そうですね。むしろ、自分として生きている時よりも、カメラが回っている時のほうが安心感があるくらいです。そっちのほうが緊張しないし、自由でいられるんです」
―――それはもう根っからの感覚なんでしょうか。
「はい。小さい頃からずっと、自分とは違う“誰か”を演じて、人と接する時間がすごく多かったんですよね。気づけばそれが自然になっていて、長年続けてきたんだと思います。
もちろん今では、“自分”というものもちゃんと受け入れて、ありのままで過ごすことも大切にしているんですけど、それでもやっぱり、自分じゃない何かを通して、自分を表現すること。それを五感や身体を通して誰かに伝えることが、僕にとっての喜びなんだと思います」
―――目標としている俳優さんはいらっしゃいますか?
「海外の方なんですが、ファン・ジョンミン(代表作は『ベテラン』『新しき世界』など)さんにすごく憧れています。身近にいそうなお父さん役から、サスペンス、コメディまで幅広く演じ分けられる方で、佇まいや話し方に独特の魅力があるんです。言葉の持つ力というか、人を惹きつける空気をまとっていて。年齢を重ねるごとに表現の幅を広げながら、あたたかさや、時には恐怖や笑いといった強い感情まで届けられる。そういう存在になれる俳優って本当にすごいなって思っていて。僕も、これから何十年と役者を続けていく中で、ああいう年の重ね方ができたらいいなと、目標にしています」
―――最後に、八条院さんの「好きな映画」もぜひ教えてください。
「子どもの頃に観た『マトリックス』が、本当に大好きな映画で。ビデオテープだったら擦り切れるくらい、何度も何度も観ました。主演のキアヌ・リーブスさんのファンでもあるんですけど、あの方は“人としての在り方”もすごく素敵なんですよね。
トップスターでありながら、道端の人と気さくに会話したり、自分が出演したフィギュアは自分で買いに行ったり、電車のホームではちゃんと席を譲ったり……。そういう心配りや優しさ、佇まいにとても惹かれます」
―――カメラの前でもかっこいいけれど、カメラの外での振る舞いもまた“本物のかっこよさ”を感じさせますよね。
「本当に、そう思います。だから、もし1本映画を挙げるとしたら、やっぱり『マトリックス』ですね。あの作品、そしてキアヌ・リーブスさんから受けた影響は、僕の中ですごく大きいです」
―――八条院さんのこれまでのお話を聞いていても、カメラの外での在り方が、結局カメラの前に立ったときにすべて映ってくる——そういう意識を持っていらっしゃるように感じました。だからこそ、キアヌさんへの尊敬にもつながっているのかなと。
「本当にその通りです」
・HM/冨永朋子
・ST/OfficeShimarl(嶋岡隆・北村梓)
(取材・文:山田剛志)
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