幾重にも重なる十字架を背負う薪(板垣李光人)
青木が来るまでの3年間で、MRI映像に映りこむ気が狂いそうな幻覚と薪の厳しさに耐えられず、次々と新入りが辞めていったことは想像に難くない。しかし、青木が並大抵の覚悟ではないことは、家族から仕事内容について訝しまれても、毅然と第九の必要性を訴える姿から窺い知ることができる。
ただ、常に防弾チョッキを身につけ「胴体を打っても死なない。だから僕を殺すときはここを狙ってくれ」と自らのこめかみを指さす薪の覚悟は、どの第九メンバーよりも果てしない重みをもつ。
なぜなら、薪は自らの脳に刻んでいる”秘密”が、誰にも見られてはいけない重要機密だと自覚しているからだ。これまで第九が扱った10件の凶悪事件の”秘密”を記憶に宿し、唯一、28人を殺した連続殺人鬼である貝沼(國村隼)の脳を見た男は、死んでもなお狙われつづける可能性が高い存在でもある。
そして、彼の身にのしかかる十字架はさらに重みを増していく。捜査員の小池(阿佐辰美)が何気なく放った「MRI捜査を開発した貝沼も、自分の脳を誰かに見てほしかったんじゃないですか」という言葉。まさか現実のものになるとは、誰も思わなかっただろう。
なんと貝沼は恐るべきことに、薪に対して心酔していた。進行性の神経疾患によって記憶が葬られていく前に、彼の記憶に自分自身を刻みつける。第九を設立したのも、28人もの人間を殺したのも、すべて薪を想っての行動だったのだ。
鈴木が錯乱状態にあってもなお、貝沼の脳を破壊したのは、あまりにも狂気に満ちた真実を薪に知られないようにするためだったのだろう。
なぜ、薪だけがこれほど十字架を背負わなければならないのか。そう思ってしまうほど、彼がこれから歩いていく人生の孤独さと険しさは、誰にも計り知れないものになっていく。