吉井はどういった基準で商品を選んでいるのか?
天井の高い薄暗い工場で、吉井が用途のわからない大ぶりな健康器具を大量に購入する。彼が自ら商品の入ったダンボールを車に詰め込んで出発するまでの冒頭シーンの経過は、ロケ地から小道具に至るまでいかにも黒沢が好みそうなエンブレム的な符牒に溢れている。
しかし、黒沢の過去作にある程度親しんだ観客にとってはやや既視感を覚えさせる冒頭の印象は、すぐに脱臼させられる。帰宅した吉井は、購入した器具を丁寧に撮影すると、あまり売上に貢献するようには見えないデザインとフォントのコメントを付記して、通販サイトにまとめて出品する。
それに続いて、自身が出品した商品の画像で埋め尽くされたパソコンのディスプレイと、それを神妙な顔つきで眺める吉井の表情がカットバックされる。彼が見つめるなか、商品は一つ、また一つと売れていく。次第にそのペースは加速し、やがて健康器具は見事に売り切れる。実に奇妙でユーモラスなシーンだ。
どうやらこの吉井という男は転売によってそれなりの収入を確保しているようなのだが、その仕事ぶりは謎に包まれている。吉井が扱う商品には一貫性がなく、彼がそれらについて専門的な知識を持っていないことは明らかだ。そんな彼がどういった基準で商品を選んでいるのかも、作中では示されることがない。
たとえば彼は、後日クリーニング工場を辞めて帰宅した直後、Amazonを思わせる通販サイトの「売れ筋ランキング」欄にたまたま表示されたゲームソフトに目をとめると、すぐにそれを買い占めようとする。交際相手の秋子(古川琴音)に話しかけられてタイミングを逸したことで、別の何者かに先を越されてしまうが、彼の嗅覚は正しかったことが示される。
また、女子高生のフィギュアを購入したのも、たまたま自宅の机に置かれていたチラシを目にしたことがきっかけだ。チラシの内容は画面には映らないものの、吉井はそれを見た直後に銀行に駆け込んで貯金を下ろし、新たに借り受けた自宅兼事務所から、商品が販売される予定の東京へと急行する。
このように、吉井の転売屋としての労働は、基本的にほとんど行き当たりばったりのようにも感じられるアクションの連続として示される。一方で、転売屋としての働き方について、吉井自身がアクションとともに言葉を用いて説明するショットが一つだけある。