転売という仕事の本質とワンシーンワンカット
心機一転、工場を辞めて郊外へと引っ越し、秋子とともに転売屋一本で暮らしていくこととなった彼は、アシスタントの青年佐野(奥平大兼)を雇う。ある日、作業を手伝う彼に向かって、吉井は転売屋の極意について語り始める。カメラは、二人が棚によって興味深い形で分割された空間を動き回りながら交わすセリフの応酬を、ワンカットで捉え続ける。
画面右で棚にダンボール箱をしまう佐野に向かって、そのやや左に位置する吉井が、別の箱を開けながら話しかける。彼は、のちに偽物だと判明するバッグを両手でかかげると、「これなんだかわかる?」と問いかける。「どっかのブランドバッグですか?」「そう見えるよね」「あ、偽物ですか?」「どうしてそう思うの?」「いや、なんとなく」。
佐野の答えを受けて吉井は、「実は俺にもわからない。でも写真だけ見て一個一万円で買った。これを一個十万円で売る。それでダメなら五万円値下げしてもいい。買いたい人がいれば売れる。それで終わりだ」と矢継ぎ早に語りながら、彼から向かって右、画面では左方向へ移動し、陳列棚を出てデスクの方へ戻り、椅子に腰かける。
カメラが一連の吉井の動きを追ってゆっくりと左方向にパンするなか、佐野は「本物か偽物かは関係ないってことですね」と返す。着席した吉井を捉えたカメラが止まると、「そうなんだよ」と認める彼はやや右、画面では左側に位置するバッグの方へと向き直り、「それを確かめる前に手放す。あっという間に売ってしまう。そこがコツだね」と自慢げに付け加える。そして最後に再び正面、佐野の方向に顔を向けると、会話をこう締めくくる。「まあ、ババ抜きみたいなものかな」。
ここでは二人のやりとりが、それ自体吉井の語る転売という仕事の本質をなぞるものとして撮られているのではないか。複数の俳優を素早く動かしながら、カットを割らずに長い対話を撮影する。この黒沢が要所で用いてきた演出は、そのリズムやテンポの速さと、アクションを分割しない持続性に眼目がある。
同様に、吉井の転売においてもまず重要なコツは、商品を「あっという間に売ってしまう」速度だ。さらに商機を逃さないためには、それ以前にライバルに先んじて現場に向かい、目に入った品物を遅滞なく購入するスピードと滑らかさも求められる。
たとえば、一刻を争う仕入れや販売の局面では、商品そのものよりもはるかに品物を包むダンボールが大きな存在感を放つ。じっさい、引っ越して以降の吉井らの仕事ぶりは、ほとんど急いでダンボールを積みこみ、降ろす動作の連続によって示されると言ってよい。素早く移動し続ける箱が、いまやネットを経由すればほぼ自宅で完結するはずの転売という行為を、速度と持続に特徴づけられるアクションの連なりとして描き出すこととなる。