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松村北斗“山添くん”の素っ気ない反応が感動的なワケ。映画『夜明けのすべて』考察&評価。登場人物の位置関係から魅力を紐解く

text by 冨塚亮平

三宅唱監督最新作『夜明けのすべて』が上映中だ。中小企業・栗田科学を舞台に、異なる苦しみを抱える人々の孤独と交流を描く。わかりやすい恋愛も成長も描かれない本作が、なぜ多くの観客を惹きつけるのか、映像の細部からひも解くレビューをお届けする。(文・冨塚亮平)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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【著者プロフィール:冨塚亮平】

アメリカ文学/文化研究。神奈川大学外国語学部助教。ユリイカ、キネマ旬報、図書新聞、新潮、精神看護、ジャーロ、フィルカル、三田評論、「ケリー・ライカートの映画たち漂流のアメリカ」プログラムなどに寄稿。近著に共編著『ドライブ・マイ・カー』論』(慶應大学出版会)、共著『アメリカ文学と大統領 文学史と文化史』(南雲堂)、『ダルデンヌ兄弟 社会をまなざす映画作家』(neoneo編集室)。

わかりやすい恋愛も成長も描かれない
登場人物のささやかな振る舞いの貴重さ

©︎瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
©︎瀬尾まいこ2024夜明けのすべて製作委員会

 心身の不調、そして病や死は、たいていなんの前触れもなくやってくる。時計が刻む規則正しい時間とリズムを同調させて生きていかなければならない日々のなかで、不意に襲ってくる理由のわからないつらさと折り合いをつけることは、誰にとっても難しい。『夜明けのすべて』に登場する多くの人物たちは、それぞれに異なる苦しみを抱えている。映画は、そんな人物たちに近づきすぎることなく、一定の距離を保ちながら彼らを見つめ続ける。

 ある日藤沢さん(上白石萌音)は、初詣で買ったお守りを届けに同僚の山添くん(松村北斗)の住むアパートを訪ねるが、どうやら彼は留守のようだ。玄関前を去ろうとしたところに、たまたま山添くんの交際相手である千尋(芋生悠)がやってくる。簡単な挨拶を交わしたあと藤沢さんはそそくさとその場を去るが、千尋がすぐに追いかけてくる。線路脇の道路で改めて藤沢さんと正対した千尋は、彼と「向き合ってくれて」ありがとう、と語りかける。対する藤沢さんは、会社で「隣に」座っているだけです、とその言葉をすぐさま否定する。

 この藤沢さんの言葉は、もちろんある種の謙遜のニュアンスを含んだものではあるだろう。しかし、同時にこのやり取りは、本作の登場人物たち、そして製作陣の姿勢を象徴するもののようにも思える。正面から向き合うのでも、無視するのでもなく、必要なときにただ隣にいること。わかりやすい恋愛も成長も描かれない『夜明けのすべて』が、それでも多くの観客の支持を受け、シネコンで上映される商業映画としても見事な成功を収めたのは、そんなささやかな振る舞いの貴重さを誰が見てもわかる形でフィルムに定着させたからではないか。

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