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気鋭の映画研究者・伊藤弘了が解説する濱口竜介監督作『悪は存在しない』の魅力とは? 謎めいたラスト…タイトルの仕掛けを考察

text by 伊藤弘了

『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した濱口竜介。その最新作にしてベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)受賞した『悪は存在しない』が公開中だ。気鋭の映画研究者、伊藤弘了さんによるレビューをお届けする。(文・伊藤弘了)【あらすじ キャスト 考察 解説 評価 レビュー】

※本レビューは物語の結末部に言及しています。鑑賞前の方はご留意ください。
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【著者プロフィール 伊藤弘了(いとう・ひろのり)】

映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。小津安二郎を研究するかたわら、広く映画をテーマにした講演や執筆をおこなっている。「國民的アイドルの創生――AKB48にみるファシスト美学の今日的あらわれ」(『neoneo』6号)で「映画評論大賞2015」を受賞。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。毎日新聞社が運営する映画ポータルサイト「ひとシネマ」にて「よくばり映画鑑賞術」を連載中。

『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介最新作は「観客の度量を試すような映画」

© 2023 NEOPA / Fictive
© 2023 NEOPA Fictive

 『悪は存在しない』は「水」をめぐる映画である。ひとまずそのように言い切ってしまっても大過ないだろう。水はそれ自体としての固有の形を持たず、つかもうとする我々の手をすり抜ける。

 劇中には、飲料水として利用するために、清流の水を柄杓でポリタンクに移す場面が二度出てくる。水は容れ物に応じて形を変える。変幻自在な水のようにつかみどころのないこの映画もまた、観客それぞれが持つ度量衡に応じてさまざまに形を変えるに違いない。

 あまりにも唐突な幕切れに呆気に取られ、自分は何を見せられたのかと怒り出す人さえいるかもしれない。もちろん、積極的に解釈ゲームに参加する人もいるだろう。本作はまさに観客の度量を試すような映画である。

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