「あの頃の自分」という幻影との格闘
哲学とともに、文学や音楽が自己探求と自己表現の手段となり多くの作品を生み出してきた。近代文学における私小説であり、シンガーソングライターが手掛けたポップミュージックである。
「夢」という言葉に「自己実現」というそれまでになかった概念が加わった。
ドニーもまたギターを手にした多くの若者と同じように音楽を自己探求、自己表現の手段とし、そこに夢を描いた。それは彼にとって「自分探し」という終わりなき旅の始まりでもあった。
当たり前のように家業を継がせようと考えていた父は彼の夢を応援した。「コピーでなくオリジナルをやれ」と。
前述したようなドニーの夢に対する先行投資の為に東京ドーム130個分の農地を売った。
“父は多くを賭け、そして多くを失った”
すべてのソングライティングを担当したドニーは結果を出せなかったことに長年後ろめたさを感じていた。
「チャンスが舞い込んだな、お前の音楽がやっと日の目を見る」と手を叩く父親。喜びと戸惑いの挾間で揺れながらも再発売に応じたのは家族に対して埋め合わせができるかもしれないと思ったからだった。アルバム「Dreamin’Wild」はドニーの夢であると同時に家族の夢でもあったからだ。
だが、ドニーはその決断により幾つもの悪夢に苦しめられる。
評価されているのは少年の頃の自分であって、今の自分ではない。だが、ドニー自身は今の自分の方が技術的にも優れているし時代にも寄り添えていると感じている。聴衆が求める「あの頃の自分」という幻影との格闘を余儀なくされる。
30年前のアルバムというタイムカプセルを空けたことで忘れたフリをしていた「過去の痛み」と再び向き合わされる。