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「これぞ映画」と唸る傑作…! イラン映画『熊は、いない』徹底考察。異色のメタドキュメンタリーを深掘り解説&評価

text by 司馬 宙

イラン映画に受け継がれるフェイクドキュメンタリー映画『熊は、いない』。”フェイクドキュメンタリー”にしかできない現実と虚構の見せ方、タイトルに隠されたメタファーとは? 今回は名匠ジャファル・パナヒ監督やイラン映画の伝統など、多方面の視点から読み解く。(文・司馬 宙)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】

”闘う映画監督”ジャファル・パナヒ
イランの混迷を描出した「メタ映画」

『熊は、いない』 9月15日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開 ©2022_JP Production_all rights reserved
©2022 JP Production all rights reserved

当局の人権侵害弾圧により、ますます混迷を深めるイラン。ヒジャーブ(女性の髪を覆うスカーフ)の着用をめぐって警察に拘束された女性の死をきっかけに、大規模な抗議デモが起こったことは記憶に新しい。

そんなイランの現況を「メタ映画」(映画を撮影する映画)という形で描出したのが、この『熊は、いない』だ。監督は、長編デビュー作『白い風船』(1995年)で第48回カンヌ国際映画祭のカメラドール(新人監督賞)を、『チャドルと生きる』(2000年)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞した名匠ジャファル・パナヒで、本作も第79回ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。

とはいえ本作、ただのメタ映画ではない。まず何より、主人公が監督であるパナヒ自身だ。しかも彼は撮影現場にはおらず、イランの国境近くの村に潜伏しながら隣国トルコで撮影している撮影隊にリモートで指示を出している。なんとも入り組んだ構成だが、ここにはパナヒ自身のリアルな境遇が反映されている。

デビュー以来、大衆の人々の生きざまを通して、イラン社会のリアルな現実を描き続けてきたパナヒは、2010年に「イラン国家の安全を脅かした罪」の咎で20年間の映画製作と出国の禁止を言い渡されている。しかし、パナヒはそれでも撮影を諦めず、極秘で長編5本を撮影してきた。つまり本作のリモート撮影は、パナヒ流の映画撮影術なのだ。

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