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不条理に襲いくる暴力の緊張感―映像の魅力

モス役のジョシュ・ブローリン【Getty Images】
モス役のジョシュブローリンGetty Images

コーエン兄弟は、本作の暴力について、「自分たちが作った映画で最も過激」だと語っている。

とりわけ印象的なのは、シガーが保安官助手を手錠で絞殺する冒頭のシーンだろう。このシーンでは、シガーが保安官助手を後ろから羽交締めにしてから、彼が絶命するまでの一連の展開が数十秒にわたって描かれる。保安官助手がもがいた時に床についた靴の後も相まって、シガーの執念深さを表したなんとも残酷なシーンだ。

しかし、この暴力は、本作の中でもかなり異質だ。本作の殺戮の多くは、サイレンサー付きの銃により、突発的かつ瞬間的に行われる。

例えば、モスがモーテルに泊まるシーンでは、モスの部屋に張り込んでいたメキシコマフィアがシガーに殲滅される。本来シガーと彼らは、同じ穴のむじなであるはずなのにだ。

また、モスが逃走を図ろうと通りすがりの車に乗り込むと、今度はドライバーの頭が吹き飛ぶ。実に不条理に思えるが、シガーから見れば、彼らは殺される「運命」にあった人たちなのだ。

さて、筆者は、本作が”笑いゼロ”の作品であると書いた。しかし、強いていえば、こういった暴力の描写に、コーエン兄弟独自のユーモアのエッセンスを見てとることができるかもしれない。

たとえば先述のメキシコマフィアとの銃撃戦のシーンでは、シガーが風呂桶に隠れた残党を発見する。そして、シャワーカーテンを閉めて見逃したかと思いきや、カーテン越しに殺害する。

また、冒頭、パトカーに乗ったシガーが車を乗り換えるシーンでは、通りすがりの車のドライバーを「じっとしててくれ」と言って立たせたまま、キャトルガンで射殺する。

こういった彼の行動は、シュールな間も相まって見方を変えればかなり滑稽だ。(ウェルズはシガーのことを「ユーモアを理解できない男」と評したが、実は彼自身がユーモア)。つまり本作の暴力は、実は笑いに転化する可能性を十分に孕んでいるのだ(こういった点で、初期北野武作品とも通じるところがある)。

さて、そんなシガーは、ラストで実に不条理な結末を迎える。不条理の世界で生きた男を待つ不条理な運命ー。これほど合理的なラストは他にないだろう。

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