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「毒のように美しい」岩井俊二監督の世界に誇る日本映画(1)。衝撃のオチ…どん底と浮遊感を味わえる復活作

霧がかかったような美しくて儚い雰囲気の映像と文学的な表現に、じわじわと効く毒のように心を掴まれる岩井俊二作品。2023年10月に映画『キリエのうた』の公開を控え、2023年7月〜9月まで、歴代の岩井俊二監督の人気作品をYouTube上で無料公開を実施。新作への期待が高まる中、今回は歴代の岩井俊二監督作品を5本紹介する。(文・野原まりこ)

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堕ちるように昇っていく人生を描く。岩井俊二、渾身の“復活作”

『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)


出典:Amazon

監督:岩井俊二
脚本:岩井俊二
出演:黒木華、綾野剛、Cocco

【作品内容】

皆川七海(黒木華)は、婚活サイトで出会った鉄也と結婚する。それはネットで買い物をするように、あまりにもあっさりと手に入ってしまった。結婚式を挙げることになり、親族が少ない七海は「何でも屋」の安室(綾野剛)に、結婚式の代理出席を依頼する。

その矢先に鉄也の浮気が発覚し夫と家を同時に失ってしまった七海は、安室を頼り、自身も結婚式の代理出席のバイトを紹介してもらう。そこで里中真白(Cocco)と出会う。

その後、七海は安室に持ち主が不在の屋敷に住み込みで働くメイドの仕事を紹介され、引き受ける。しかし、そこには結婚式の代理出席のバイトで出会った真白も住み込みでバイトをしていた。

気弱な七海とは真反対の天真爛漫な真白だが、2人は打ち解けあっていく…。

【注目ポイント】

黒木華
黒木華Getty Images

90年代から2000年代前半にかけて数々の名作を世に送り出してきた岩井俊二だが、2000年代中盤以降、活動量は低下。その背景には様々な要因が考えられるが、長編映画デビュー作『Love Letter』(1995)から『花とアリス』(2004)までタッグを組んできた、撮影監督・篠田昇の死が与えた影響は決して小さくないだろう。

そんな岩井の“復活作”とも評される『リップヴァンウィンクルの花嫁』。本作はSNSを通してお気軽に人と繋がれてしまういびつな形の現在社会を描きながら、七海の心の変化に寄り添う形でストーリーが紡がれていく。ちなみに撮影は、篠田の弟子である神戸千木が務め、後の岩井作品に欠かせない存在となっている。

派遣教員の七海は、敷かれたレールの上をはみ出さないようにしながら人生を送っていた。

七海は自分自身でもお手軽に結婚相手を見つけてしまったことに違和感を覚えるが、そのモヤモヤした感情を打ち明けられる人がおらず、その思いは匿名で書き込めるSNSに吐き出していた。

しかし現実の自分は婚約者の顔色を伺い、取り繕うように生きている。七海と同じようにネット上でだけ自分の本音を言えるという現代人は少なくないだろう。

話は様々な要素が絡み合い、収拾がつかないのではないかというくらいふんだんに盛り込まれているが、なぜか最後にはスッとまとまる。『リリイ・シュシュのすべて』(2001)でネットで他者と繋がろうとする人々の心の叫びを活写した、この映画作家ならではのテーマが本作にも見え隠れする。

話は全体的に重い内容を扱うものの、そこに岩井俊二特有の浮遊感のある美しい映像と、タンポポの綿毛のような儚い佇まいの黒木華がたまらなく魅力的。映画全体から風にのって進んでいくような印象を受ける。

人生のどん底とも言える状態を味わった主人公が浮かび上がっていく様に、メガホンをとった岩井俊二の復活劇が重なる。二度、三度鑑賞することで味わい深さを増す作品だ。

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