M-1史上最も偉大なコンビは? 放送作家が選ぶ伝説の漫才(2)すべてが新しい…大爆笑をかっさらったのは?
2001年にスタートした、もっとも面白い漫才師を決める大会・M-1グランプリ。幅広い層から注目を集め、今や国民的イベントと呼んでもおかしくないほどの盛り上がりをみせている。今回は若手放送作家が歴代チャンプの中から「M-1史上最高の漫才コンビ」5組をセレクト。それぞれの漫才の魅力を映画にたとえて解説する。(文・前田知礼)
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霜降り明星(M-1グランプリ2018王者)
メンバー:せいや(ボケ)粗品(ツッコミ)
所属:吉本興業
コンビ結成年:2013年
【注目ポイント】
「一番現代的で程(ほど)が良い漫才なんでしょうね」
霜降り明星の「豪華客船」のネタに対する審査員の立川志らくは言った。それほど2人の漫才は新しかった。立体的で、エネルギッシュで、そして何より登場人物が多い。霜降り明星の漫才を映画用語で例えるなら、グランド・ホテル形式※。
個性豊かな登場人物の一人一人をせいやが魅力的に演じ分け、そのボケ一つ一つを粗品が鋭くも丁寧なツッコミでさばいていく。
霜降り明星の漫才は、コンビ芸でありながら群像劇、ボケとツッコミのオールスターキャストのような漫才だった。その4分間はまさに一瞬で、最後のツッコミで起きた拍手笑いは、「もうええわ」とお辞儀の間も鳴り続け、2人がはけるまで続いた。
縦横無尽の全力疾走で、一夜にしてその年の漫才師の頂点に駆け上がった。
※ホテルのようなあるひとつの場所を舞台に、特定の主人公を設けず、そこに集う複数の登場人物の人間ドラマを並行して描く物語の手法のこと。1932年公開の映画『グランド・ホテル』に由来。
【霜降り明星の漫才を映画にたとえるなら】
『マインド・ゲーム』(2004)
製作国:日本
上映時間:103分
監督: 湯浅政明
キャスト: 今田耕司、前田沙耶香、藤井隆
「素直に誠実に自分の感じたままのびのびと!生き生きと生きるんやと!信じたままに行動することこそが全ての壁を打ち破る武器やと!」
今田耕司の声が響くが、M-1の話ではない。奇才・湯浅政明の長編映画デビュー作『マインド・ゲーム』のクライマックスのセリフだ。
舞台は大阪。電車で初恋の女の子・ミョンと再会する西(声・今田耕司)、神社でミョンに告白し損ねる西、ミョンの実家の焼き鳥屋に行く西、ミョンの婚約者を紹介される西、借金取りに襲われるミョンを助けられない西、肛門に弾を撃ち込まれ即死する西…。
「しょうもない人生!お前の人生ペラペラやないかい!」
2本目の「小学校」のネタで、溺死寸前のせいやの走馬灯に炸裂した粗品のツッコミが頭をよぎる。自分の人生に後悔しかなかった西は天国の神様を無視して、再び生き返って…。
『マインド・ゲーム』は、人生を、そして未来を変える物語である。そして、霜降り明星に一夜にして頂点に駆け上がり人生と未来を激変させた。
「キミハ シンドウスル エネルギー」という『マインド・ゲーム』のコピーを借りるなら、2人の漫才が放つエネルギーはM-1決勝の会場の空気を震わせていた。
霜降り明星の漫才は湯浅政明アニメに似ている。見た目的には『四畳半神話大系』シリーズに登場するキャラクター「小津」と「樋口師匠」のようだがそういうことではない。2D、3D、そして実写を巧みに融合させた『マインド・ゲーム』がアニメーションの表現領域を拡張させたように、霜降り明星は漫才の可能性を広げた。
大喜利的なシーンをハイテンポで積み重ねて、観る者のイマジネーションを刺激してくる。「豪華客船」の後半のダンサーボケ4連発の畳み掛けは、巨大鯨の体内で繰り広げられるあまりにサイケで最高な『マインド・ゲーム』のダンスシーンを彷彿とさせる。
冒頭の台詞は、鯨の腹の底から大空を目指して突っ走る、『マインド・ゲーム』のクライマックスそのもの。遮二無二走る西の姿は、まさに霜降り明星の漫才そのものだ。
素直に誠実に、自分たちの信じたままに行動し、M-1という巨大な壁に立ち向かう。手漕ぎボートが大破しても、足を骨折しようと、1秒たりともスピードを緩めず、一歩ずつ一歩ずつ確かに踏みしめて上を目指す。
『マインド・ゲーム』の中でも特に名シーンと呼ばれている骨折と牛乳のくだりは、いかにも霜降り明星のボケ的で、「骨折してもうたで!」「自業自得!」「母は偉大!」というツッコミが聞こえてきそうだ。
全力疾走の末、西は時を超え、霜降りはチャンピオンになった。未来を変えることに成功したのだ。時を超えた西=今田耕司の横には、チャンピオンとなった霜降り明星が立っていた。
【著者プロフィール】
前田 知礼(まえだ とものり)。1998年広島県生まれ。2021年に日本大学芸術学部放送学科を卒業。制作会社での助監督を経て書いたnote「『古畑任三郎vs霜降り明星』の脚本を全部書く」がきっかけで放送作家に。現在はダウ90000、マリマリマリーの構成スタッフとして活動。ドラマ「僕たちの校内放送」(フジテレビ)の脚本や、「推しといつまでも」(MBS)の構成を担当。趣味として、Instagramのストーリーズ機能で映画の感想をまとめている。
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【了】