「“いま”の歌舞伎町を記録しておくことに意義がある」ドラマ『飛鳥クリニックは今日も雨』入江悠監督、単独インタビュー

text by ばやし

Z李による小説を原作とし、歌舞伎町を舞台にアウトローな世界を描いたLeminoオリジナルドラマ『飛鳥クリニックは今日も雨』が現在配信中。今回は、本作でメガホンを取った入江悠監督にインタビューを敢行。リアルにこだわった演出、主演・森山未來との撮影エピソードなど、多角的にお話を伺った。(取材・文:ばやし)

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惹き込まれた原作小説の力

入江悠監督 写真:武馬怜子
入江悠監督 写真:武馬怜子

ーーードラマ『飛鳥クリニックは今日も雨』は、Z李さんのノワール小説が原作になっています。入江監督はここ数年に限っても、現実に生きた少女の壮絶な人生を綴った新聞記事に基づく映画『あんのこと』(2024)や、室町時代に起きた巨大権力への反乱を描いた『室町無頼』(2025)など、幅広いジャンルの作品を作られていますが、今回、Z李さんの小説を題材に選んだ経緯についてお聞きできますか?

「最初のきっかけは、武藤大司プロデューサーが『この原作どうですか?』と小説をご紹介くださったことです。週刊SPA! に連載されていて、その後、書籍として刊行されたのですが、その小説が非常に面白く惹き込まれたんです。

しかも、物語の舞台が新宿歌舞伎町という点にも興味を持ちました。昔、本当にちょっとだけ歌舞伎町では撮影したことがありますが、街全体を物語の舞台として描くということは初めての経験だったので。『挑戦できるならぜひ』と思い、本作への参加を希望しました」

掴みどころのない主人公・リーの存在感

入江悠監督 写真:武馬怜子
入江悠監督 写真:武馬怜子

ーーー入江監督は原作小説を読んだとき、どのような部分に惹かれて映像化しようと考えたのでしょうか?

「小説のセリフが非常に魅力的だったんです。聞きなれない言葉が次々と出てきますし、説明もないままテンポよく物語が進んでいく。歌舞伎町を舞台にした作品はこれまでにも数多くありますが、本作は明らかに異なる切り口で、現代的にアップデートされている印象を受けました。

そして何より、主人公のリー(森山未來)が、掴みどころのない人物なんです。もともと僕自身、探偵ものの作品が好きなのですが、彼は職業として探偵らしき行動はとるんですが、単純な探偵ではない。かといって、裏社会にどっぷり染まっているわけでもない。曖昧でファジーなキャラクターで、そこに映像化の難しさと面白さがあると感じました」

ーーー確かに、主人公として見るとリーは珍しいタイプのキャラクターですね。

「仕事の依頼を受ける動機が人助けではなくて、あくまで“金”や“シノギ”といった生きるための手段であるという点も、リーという人物の特徴的なところです。必死に生き抜こうとするその姿からは、ある種のダークヒーロー的な魅力や、“都会のノワール感”が自然と漂っている。そういったところに強く惹かれました。

僕は、理屈で物語を整理しすぎると、かえって面白さが薄れてしまうと感じているのですが、リーという人物は、説明しきれない“曖昧さ”があるんです。いわゆる明確な目的や成長がある『主人公らしい主人公』ではありません。でも彼には、“この時代にふわりと存在している”という独特のリアリティがある。それでいて、さまざまな事情を抱えた人が自然と集まる“ハブ”のような存在でもあるんです。

きっと、森山未來さんも最初はこの曖昧で掴みどころのないキャラクターを、どうやって地に足をつけて演じるか、考えるのは大変だったんじゃないかと思います。でも最終的に森山さんが見事にこの人間像をとらえて、実現してくれました」

「現実の方がもっと過酷で生々しいんです」
非現実にしないための徹底した取材

『飛鳥クリニックは今日も雨』
『飛鳥クリニックは今日も雨』第8話

ーーー舞台が新宿歌舞伎町だったことも、本作に惹かれた理由のひとつですか?

「そうですね。歌舞伎町という街は常に変化していて、僕が10年前ほど前に撮影を行ったときと比べても、風景は大きく様変わりしていますし、そこに集まってくる人の雰囲気や顔ぶれも変わりつつあります。だからこそ本作は、コロナ禍を経た2024〜25年の“いま”の歌舞伎町を記録しておくことに意義があるのではないかと考えています」

ーーー新宿歌舞伎町での撮影がほとんどだったと思いますが、演出面などで意識したことはありますか?

「歌舞伎町はとにかく人が多いので、撮影をいかに効率的に進めるかが最初の課題でした。歌舞伎町内には営業中のお店も多いですし、多種多様な人が行き交う、まさに“ごった煮”のような街なので。

今回は、リアルな世界観を映像として表現するために、私たちの手で“歌舞伎町の住人たち”をあえて作り込む方針を取りました。撮影では、多くのエキストラの方々にご協力いただき、通りを半分封鎖するなど、かなり大変なお願いをする場面もありました。自然な街の表情を保ちながらも、映像表現としての画づくりを成立させる……そのバランスには特に意識して取り組んでいました」

ーーー物語が持つアウトローな空気感やリアルな裏社会の描写は、視聴者によってはどこか現実離れして感じられる瞬間もあると思います。視聴者が日常を生きる“現実”と物語世界との接点を持てるようにするために、何か工夫されたことはありますか?

「リアルな世界で生きている人に『嘘くさい』と感じさせないよう、歌舞伎町という街について徹底的に取材を重ねました。実際の現実の方がもっと過酷で生々しいんですよ。取材中に耳にした事件の中には、作中では描き切れないほど悲惨なものもありましたから。歌舞伎町は、言わば迷路みたいな街で、一軒先は何してる店かさえ分からない。人づてに辿っていくと、知らぬ間に危険な領域に入り込んでいる…。だからこそ、なるべくファンタジーにならないように注意して描いています」

「脚本のセリフを“生きた会話”にしてくれる」
森山未來の柔軟な想像力

入江悠監督 写真:武馬怜子
入江悠監督 写真:武馬怜子

ーーー歌舞伎町の裏側をリアルに描きつつも、作品自体が重苦しくなりすぎない理由のひとつに、登場人物たちのコミカルで小気味いい会話がありますね。

「やっぱりZ李さんの原作小説の力は強いですよね。僕自身、読書が好きなのですが、こんなに面白い会話は見たことない! ってくらいにユニークで、『若い人だけついてこい!』と言わんばかりのテンポ感もある。

あとは、森山未來さんの力も大きかったです。撮影現場では、『このセリフは僕よりも勝地くんの方が自然かもしれない』と、積極的に提案もしてくれました。僕らが机上で作ったセリフが、リアルな歌舞伎町の空気にうまく馴染まなかったときに、森山さんはその場の雰囲気を的確に捉えて、膨らませてくれるんですよ。

リー君や純ちゃん(勝地涼)のやり取りが生き生きとしているのは、森山未來さんの柔軟な対応力があってこそです。アドリブと脚本の境目が分からなくなるほど、自然にキャラクター同士の空気感が醸成されていく過程を、毎日のように目の当たりにできたのは楽しかったですね」

ーーー森山未來さん演じるリーと、勝地涼さん演じる純の掛け合いが作品の魅力のひとつになっていますが、おふたりをバディとして選んだ理由やどのような狙いがあったのかを教えてください。

「勝地くんとは以前、『ネメシス』(日本テレビ系、2021)というドラマでご一緒して、そのときに『アイデアが豊富で面白い俳優さんだな』と強烈に印象に残っていたのと、彼は森山未來さんとこれまでに複数の作品で共演していて、すでに“バディ感”ができあがっていると思ったんです。

本作は、テンポの良い掛け合いが求められるので、そうした関係性があらかじめできあがっている2人であれば、現場に入ってすぐにでもフルスロットルで演じてもらえるんじゃないかなと考えました。結果的に、その思惑はうまくハマったと感じています」

強さの中に脆さを感じさせる馬場ふみかの存在感

『飛鳥クリニックは今日も雨』
『飛鳥クリニックは今日も雨』第1話

ーーー勝地さんと森山さんは共演作品が多いですが、入江監督の作品に森山未來さんが出演するのは初めてですよね。

「出演していただくのは今回が初めてですが、昔、何度かお会いしたことはありました。その頃から、独特な空気を纏った俳優さんというか、いわゆる職業俳優という枠に収まらない、アーティストという印象でした。

そういう存在感は、歌舞伎町に生きるリー君とどこか重なるんですよね。実際、撮影のときも、歌舞伎町の街にぶらっと歩いて現場入りしていて、その自然な佇まいが街と溶け合っていたのがとても印象的でした」

ーーー魅力的な登場人物が揃う中で、馬場ふみかさん演じる美香は物語において重要な役を担う存在です。この役に馬場さんをキャスティングした理由を教えてください。

「それはやっぱり“歌舞伎町感”が決め手だったと思います(笑)。実際に歌舞伎町を歩いていても違和感がなさそうだなって……ご本人がこの言い方を喜ばれるかどうかはわかりませんが(笑)。

馬場さんは、サバサバとした性格の中にしっかりとした芯の強さがありつつも、かすかな脆さを感じさせることができる方です。もちろん、かわいらしい一面もあって、もしかしたらあの役柄の人物としては美人すぎるかもしれませんが、不思議とあの街の空気にフィットする感覚がありました」

「“新しいジャンル”と呼びたくなる作品」
配信だからこそ可能になった表現

入江悠監督 写真:武馬怜子 撮影協力:NPO法人日本スポーツ振興協会
入江悠監督 写真:武馬怜子 撮影協力:NPO法人日本スポーツ振興協会

ーーー作品を通してリアルな質感があるのに、シリアスにはなりすぎない。そのバランス感を実現するために、キャスティングも含めて工夫された点はありますか?

「元々の脚本が非常に完成度の高いものだったので、演出において過度に意識することはありませんでした。原作小説もそうですが、演出面で特に工夫を加えなくても、シリアスになりすぎない絶妙なバランスが保たれていて、物騒なことが起きていても、登場人物たちの刹那的な生き様はコミカルに映るんです。その“抜け感”のようなものがいいんですよね。

現実で考えると、どうしても陰鬱さに引きずられてしまう部分もあるかもしれませんが、本作の住人たちは、そんな厳しい世界でもタフにサバイブしていく。そこはフィクションだからこそ描ける姿かもしれませんが、僕自身、そうした彼らの姿に救われた部分がありました」

ーーードラマ配信の延期もありましたが、ようやくこの作品が世の中に届きました。最後に視聴者に向けてメッセージをお願いします。

「僕もこれまでにドラマの企画を出したり、映画を撮ったりしてきましたが、それでも本作は“新しいジャンル”と呼びたくなる作品です。地上波のテレビではおそらく放送できないですし、これだけの話数があるので映画として収めるのも難しい。だからこそ、配信ドラマのフォーマットがとても合っていると思います。現代は様々な面で規制が強くなっていますが、そんな中でも歌舞伎町の街中で撮影ができ、登場人物はタバコを吸いまくって、酒もドラッグの描写も出てくる。フィクションとはいえ、そうした描写を通じて、あの場所で実際に生きている人たちにきちんと居場所や存在感を与えてあげられた気がしています。

一般的な価値観からは逸れた“アウトロー”な人たちも、自分たちのリアルな暮らしや姿が誰かに届くことで、何かしら喜んでくれるんです。もちろん歌舞伎町に興味がある人にも観ていただきたいですし、作品に登場する誰かに、自分自身を少しでも重ね合わせてもらえるようなドラマになっていたら嬉しいです」

【著者プロフィール:ばやし】

ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。

【配信概要】

・タイトル:飛鳥クリニックは今日も雨
・配信日時:2025 年4月17日(木)0:00より全話配信
・配信形態:#1・#2は無料配信、#3以降はLeminoプレミアム(月額990円(税込)※1)にて配信
・話数:全8話
・出演:森山未來、勝地涼、馬場ふみか、深水元基、小倉史也 / 竹中直人、音尾琢真、吉原光夫
・監督:入江悠
・脚本:田中眞一
・原作:Z李「飛鳥クリニックは今日も雨」(扶桑社)
・エグゼクティブプロデューサー:田中智則、佐藤久道
・チーフプロデューサー:上田徳浩
・プロデューサー:冨松俊雄、田中智也、武藤大司、鈴木康祝、長﨑麻衣
・制作:イースト
・製作著作:NTTドコモ​
公式サイト
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