圧巻の出来映えも…原作との決定的な違いとは? 映画『国宝』考察レビュー。吉沢亮、横浜流星共演作を忖度なしで評価&解説
李相日監督最新作『国宝』が公開中。吉沢亮が主演を務め、横浜流星が共演する本作は、歌舞伎界を舞台に“血筋”と“才覚”の間で揺れる2人の役者の人生を描いた作品だ。今回は、濃密な芸の世界と人間の生き様が交錯する本作の魅力を紐解いていく。(文・近藤仁美)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
——————————
優先されるのは“血”か“才”か
6月6日公開の映画『国宝』は、歌舞伎界を駆け抜けたライバルふたりと、その周囲に焦点をあてた物語だ。原作は、芥川賞作家・吉田修一の同名小説。監督は、『フラガール』(2006)『流浪の月』(2022)などで知られる李相日である。
主人公の立花喜久雄(吉沢亮)は、長崎の任侠の家の出で、抗争で父を亡くした後、上方歌舞伎の看板役者・花井半二郎(渡辺謙)に引き取られた。半二郎には息子の俊介(横浜流星)がおり、同世代の喜久雄と俊介は、切磋琢磨しながら芸の道に精進していく。
成長し、人気役者の階段を駆け上るふたり。ところが、数々の困難が喜久雄と俊介の関係を複雑にしていく。優先されるのは、“血”か“才”か。伝統の世界に生きる若者たちの葛藤が、歌舞伎の華やかな演目とともに描き出された。
舞台でもがく「崇高な化け物」たち
また、本作で特に印象的だったのは、ダンサー・田中泯演じる小野川万菊だ。万菊は当代一の女形で重要無形文化財保持者、いわゆる「人間国宝」である。高齢ながら圧倒的な芸で観客を魅了し、可憐な鷺娘を演じた際には、俊介に「美しい化け物」と評された。手招きひとつで万菊という役者の実在を感じさせる様は、まさに圧巻のひとことである。
万菊の存在は、喜久雄・俊介の奮闘とともに、「美とは何か」を問いかけてくる。作中には、「きれい」あるいは「美しい」、そして「きたない」という言葉が何度も登場し、そのたびに観る者と登場人物の心を揺さぶっていく。
揺さぶられ、研ぎ澄まされた者たちは、舞台上での賞賛と反比例するかのように陰を増す。一種の“業”ともいえるそれを引き連れ、彼らは成長していく。苦しみ、のたうちながらも芸の極致に手を伸ばす様子は、さながら崇高な「化け物」を目の当たりにするかのようだった。
共鳴する2つの生き方
加えて、三浦貴大扮する竹野も良い味を出していた。竹野は、歌舞伎の興行を手がける会社・三友の社員で、もとは世襲の強い歌舞伎界に対し冷ややかな視線を向けていた。その矛先は血でなく才で芸道を進む喜久雄にも向き、世襲のせいでいまに悔しい想いをすると面と向かって指摘するほどだった。
しかし、喜久雄が不遇のときに手の差し伸べたのは、他ならぬ竹野だった。喜久雄の芸道を見守り、自分にはそんな生き方はできないとしつつも、物語の進行とともにある種の親しみと尊敬をもって接するようになる。映画館に足を運んだ人のなかには、竹野に感情移入した人も多かっただろう。
さて、個人的に少し残念だったのは、作中に登場した女性陣が、メインキャラクターを支えることと肯定することにほぼ特化した役回りであったことだ。これだけ人数がいるのだから、ひとりぐらい暴れてもいいのにな…。時折否定的なことを言っても、最後には何らかのかたちで承認に傾くのが、少し都合がいいと感じてしまった。
女性キャラを掘り下げた原作との差異
とはいえこれは、好みの問題だ。描き出した世界の在り方もあろうし、映画と小説の表現の差もある。実際、原作小説では、女性たちについてもっと掘り下げられている。思えば、映画館での鑑賞は、一度始めると基本的に止められない。一方で、小説ならば、各登場人物の心情を汲み取りながら、自分のペースで行きつ戻りつして読める。これに鑑みれば、約3時間・ノンストップで話をまとめる映画としては、今回のかたちが最適だったのかもしれない。
【作品概要】
『国宝』 6月6日(金)全国東宝系にて公開中
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会
原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督:李相日
出演:吉沢亮
横浜流星/高畑充希 寺島しのぶ
森七菜 三浦貴大 見上愛 黒川想矢 越山敬達
永瀬正敏
嶋田久作 宮澤エマ 中村鴈治郎/田中泯
渡辺謙
【著者プロフィール:近藤仁美】
クイズ作家。国際クイズ連盟日本支部長。株式会社凰プランニング代表取締役。これまでに、『高校生クイズ』『せっかち勉強』等のテレビ番組の他、各種メディア・イベントなどにクイズ・雑学を提供してきた。国際賞「Trivia Hall of Fame(トリビアの殿堂)」殿堂入り。著書に『クイズ作家のすごい思考法』『人に話したくなるほど面白い! 教養になる超雑学』などがある。
【関連記事】
・【写真】吉沢亮&横浜流星がカンヌで魅せた瞬間…。貴重な公式上映の様子を捉えた写真はこちら。映画『国宝』第78回カンヌ国際映画祭写真一覧
・【カンヌ現地取材】映画『国宝』公式上映、スタンディングオベーションに包まれる。吉沢亮・横浜流星・渡辺謙が堂々の登壇
・今、最も同業者から尊敬を集める日本人俳優は? プロも唸る演技力の持ち主5選
【了】