“時間SF”の達人・上田誠の最高傑作。“未来から逆算する恋“が迎える衝撃の結末とは? 映画『リライト』評価&考察レビュー
松居大悟監督と脚本家の上田誠(ヨーロッパ企画)が初タッグを組み、法条遥の同名小説を原作とした『リライト』が公開中。広島・尾道を舞台に、時空を越える恋と、未来をめぐる“辻褄合わせ”の物語が、切なくも大胆に描かれる本作。今回は、本作のレビューをお届けする。(文・前田知礼)【あらすじキャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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大林宣彦版『時をかける少女』へのリスペクト
「尾道で、新しい『時をかける少女』が撮られているらしい」
そんな噂が筆者の地元・広島県尾道から聞こえてきたのは、2年前の夏。ロケの目撃情報がタイムラインに流れてきたり、友達の親がエキストラに参加しようとしていたりと、再び尾道を舞台にした『時かけ』を見ることができる未来が約束されたようで胸が躍った。そして2年後の夏、限りなく『時かけ』のエッセンスを含んだ映画『リライト』が公開された。めちゃめちゃに面白く、これ以上なく切なく、ぶっ飛んだ作品として。
尾道市内の高校に通う美雪(池田エライザ)は、突然現れた未来人の転校生・園田保彦(阿達慶)と出会って恋に落ちる。彼が未来に戻るまでのたった20日間の恋。まさに、大林宣彦監督の『時をかける少女』(1983)の芳山和子(原田知世)と深町一夫(高柳良一)の関係を彷彿とさせるストーリーだ。
その他にも、作家になった美雪が書いた小説のタイトルが『少女は時を翔けた』だったり、忘却装置からラベンダーの香りがしたり、グレーを基調とした制服を着ていたり、漢文の授業を受けていたり、担任の教師がかつて和子の同級生の「吾朗ちゃん」を演じた尾身としのりだったりと、大林版『時かけ』へのオマージュも随所に散りばめられている。
さらに、映画に出てくる尾道の景色も新鮮だ。大林版ではあまり登場しなかった、ロープウェイや千光寺といったど真ん中の観光名所から、市内唯一の映画館である「シネマ尾道」や、銭湯を改装した居酒屋「大和湯」、海運倉庫をリノベーションして作られた「ONOMICHI U2」まで、とにかく「今の尾道」が魅力的に詰め込まれていた。
「時をかけてこない少女」の謎を追うタイムリープ×青春ミステリ
『リライト』は、ひと夏の転校生との恋を描いた“青春映画”であり、その転校生が未来人という『時をかける少女』的な“時間SF”で、さらには「時をかけて来なかった少女」の謎を探る“ミステリ”でもあり、その果てには「時をかたがため(広島弁で“時間を忘れて“を意味する)」の“ホラー”ともとれる真実に辿り着く。
今作はまず、短編『時をかける少女』を見せられるとこから始まる。未来人の保彦に恋をした高校生の美雪が、彼を救う方法を聞くために10年後の未来に飛んで、未来の自分に会い、保彦の無事と未来で自分がこのことを小説に書くことを伝えられる。そして、10年前に戻って未来人と別れた美雪は小説家を目指し、現になる。序盤で「え、もう時かけ終わったんだけど!」と観客を驚かせてから、ここからが『リライト』の本番なのだ。
10年後、10年前から「時をかけてくる少女(自分)」を待つ美雪だが、一向に現れない。まさか、「過去が書き換え〈リライト〉された!?」そんな疑念を持ちながら美雪は、「少女が時をかけてこなかった」理由を、「時をかけて10年後の少女」として探っていく。
『リライト』の主人公の美雪ほど、未来に引っ張られる主人公も珍しい。自分の目撃した未来のために入念に準備をして、言われた通りに小説家になり、指示された通りに保彦との日々を小説として書き上げる。そして、律儀に10年後の未来で10年前から時をかけてくる自分を待つ美雪は、映画史上最も時間SFに前のめりな主人公とさえ言える。
全ては「辻褄合わせ」のためであり、そこまでして「辻褄合わせ」に奮闘するのは未来を成立させるため。あの夏に恋をした「保彦」を2311年で存在させるためだ。どうしようもないほどの「好き!」な気持ちを原動力にして行動する主人公は、実に松居大悟監督作らしい。彼女の「好き!」は、『私たちのハァハァ』(2015)や『君が君で君だ』(2018)、『不死身ラヴァーズ』(2024)の主人公たちのように物語を劇的に動かしていく。
上田誠の新作時間SF
本作の脚本を担当したのは、ヨーロッパ企画の上田誠先生。演劇、ドラマ、映画にショートフィルム、あらゆる媒体で時間SFを生み出してきた“時間SFの達人”であり、『リライト』の美雪のように「未来との辻褄合わせに奮闘する人々」のコメディを、これまでにもいくつも生み出している。
今年公開20周年を迎える映画『サマータイムマシン・ブルース』(2005)も、後半はタイムマシンの無駄遣いによる宇宙崩壊を防ぐための時間の修正作業が軸になっているし、時空管理局パトロール部が舞台のドラマ『時をかけるな、恋人たち』(フジテレビ系、2023)では、主人公の常盤廻(吉岡里帆)が、未来人による過去への干渉で起こるタイムパラドックスを、得意の「辻褄合わせ」で防いでいく姿が描かれた。
このように、未来を成立させようと「辻褄合わせ」を頑張る人もいる一方で、抗えないのもまた未来。
過去を変えればその分岐点で時間軸が枝分かれしていくつもの宇宙が誕生していく時間SFがあれば、未来は絶対でどうやっても変えられない、過去に何が起きても「時間の強制力」によって同じ未来がやってくる時間SFもある。
『リライト』は後者で、そんな「時間の強制力」によって生まれる、あまりにも救いのない悲劇の数々も本作の見どころの一つだろう。“タイムリープもの”が、別のシステムの時間SF に変貌する瞬間、観客の顔は劇中の同級生たち同様に凍りつき、とある人物の奮闘っぷりに爆笑する。
舞台『続・時をかける少女』(2018)、ドラマ『時をかけるな、恋人たち』(2023)に続く、上田さんの“時かけ三部作”の3本目である『リライト』。かなり複雑でそれでいて美しい、時かけ関連作史上最高濃度の時間SFとなっている。
「あんなに優しかったゴーレム」以来の師弟関係
そんな上田さんと松居大悟監督の初仕事は17年前。上田さんが脚本演出を務めた、ヨーロッパ企画第26回公演『あんなに優しかったゴーレム』(2008)にて、当時大学生で生粋のヨーロッパ企画ファンだった松居監督は「文芸助手」という形で参加している。
野球選手のドキュメンタリーの撮影で、選手の故郷を訪れたTVクルーたちが、選手の語る「幼い頃はゴーレムとキャッチボールをしていた」というエピソードに引っかかるところ始まるコメディで、当初はゴーレムに対して懐疑的な姿勢を見せていたクルーたちが、話が進むにつれてゴーレムの存在を信じ始めていく。
『あんなに優しかったゴーレム』と『リライト』に共通するのは、「あれなんだったんだ?」と過去のファンタジーに対して疑問を持つストーリーであること。「ゴーレム」という「思い出の中にいるファンタジー」に疑いの目を向け、やがてそのファンタジーの真実に近づいていく。そして『リライト』でも、「未来人のタイムトラベラーと恋した20日間」という「10年前のファンタジー」を、地元尾道への帰省を通して見つめ直す。そして、「あんなに優しかったタイムトラベラー」に皆で思いを馳せながら、「アイツ、マジでなんだったんだよ…」と途方に暮れる。
さらに、この過去のファンタジーを今一度疑い直す姿勢は『リライト』という映画作品自体にも感じた。昭和のレジェンドSF映画『時をかける少女』の要素を分解して再構築させ、「俺たちなりの時をかける少女」を提案しているようにも見えた。過去の傑作へのアンサーであり、「こういうパターンもあるのでは…?」という我々観客への問いかけのようにも感じた。
そして、そんな「過去のファンタジー」の最たる例が「恋愛」だろう。あの一瞬では花火のように眩しく見えていた恋だが、時間が過ぎれば「あれは本当に恋愛だったんだろうか?」と首を傾げてしまう。
そんな刹那的な恋愛を疑うどころか、否定する冷酷さが『リライト』にはあった。あれは純粋な恋愛ではなかったと、過去の幻想(恋愛)を否定する。そんな、かなり残酷な物語としても受け取ることがでるのが、『リライト』の魅力ではないだろうか。
【著者プロフィール:前田知礼】
前田知礼(まえだとものり)。1998年広島県生まれ。2021年に日本大学芸術学部放送学科を卒業。
制作会社での助監督を経て書いたnote「『古畑任三郎vs霜降り明星』の脚本を全部書く」がきっかけで放送作家に。尾道の高校に通っており、『リライト』の劇中に登場するミニシアター「シネマ尾道」ではボランティアスタッフを務めていた。現在は「本日も絶体絶命。」、「あの卓が気になる」の脚本を担当。6月30日(月)より、脚本を担当したショートドラ『崖』(全6話)が、ショートドラマアカウント「スキドラ」で公開される。
【作品情報】
出演:池田エライザ、阿達慶、久保田紗友、倉悠貴、山谷花純、大関れいか、森田想、福永朱梨、若林元太、池田永吉、晃平、八条院蔵人篠原篤、前田旺志郎、長田庄平チョコレートプラネット)、マキタスポーツ、町田マリー、津田寛治、尾美としのり、石田ひかり、橋本愛
監督:松居大悟
脚本:上田誠
原作:法条遥「リライト」ハヤカワ文庫)
主題歌:Rin 音「scenario」
音楽:森優太
製作・配給:バンダイナムコフィルムワークス
©2025『リライト』製作委員会
公式サイト
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