映画『ルノワール』鈴木唯×石田ひかり×リリー・フランキー、スペシャル鼎談。カンヌの地で語った「特別な作品」への思いとは?

text by 山田剛志

第78回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された映画『ルノワール』が6月20日(金)より公開中だ。今回は、主演の鈴木唯さん、共演の石田ひかりさん、リリー・フランキーさんのインタビューをお届け。かけがえのない一瞬を、鮮やかに焼きつけた本作について、カンヌの地でお話を伺った。(取材・文:山田剛志)

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鈴木唯「集中していると周りの声が全く聞こえなくなる」
“生のままの輝き”が息づく映画

映画『ルノワール』インタビューカット
【写真:映画チャンネル編集部】

―――私は本作を二度拝見したのですが、一度目と二度目とで印象がガラッと変わりました。複数回見ることで細かい仕掛けに気づかされる、とても豊かな映画だと思いました。 本作への参加が決まった後、最初に3人で会われたのはいつでしたか?

リリー・ フランキー(以下、リリー)「3人で集まって簡単なエチュードをしたのが、最初の顔合わせであり、リハーサルでもありました。あれは印象深い時間でした」

石田ひかり(以下、石田)「時期で言うと、撮影が始まりが7月の半ばくらいだったので、そのちょっと前。7月の頭にカメラテストをやっていた頃でしたね」

リリー「その前に、石田さんと唯ちゃんは既に会っていたんですよね?」

石田「監督が2人の時間を作ってくださって、ゲームをしながら親交を深める機会が何回かありました。私と唯ちゃんで2回くらい。リリーさんも加わった後に東宝のスタジオで、改めてシーンのリハーサルを行いました」

リリーさん「え、それって俺もいたっけ?」

石田さん「いましたよ(笑)」

―――(笑)。まず、鈴木さんにお伺いします。早川監督にインタビューさせていただいた時に、オーディションの時点で『もうこの子しかいない』と思われたとのことでした。逆に鈴木さんから見た、早川監督の第一印象を教えてください。

鈴木唯(以下、鈴木)「最初に会ったときは『優しそうな人だな』と思いました。オーディションでは『どうしてこういう演技をしたいのか』『なぜこの作品をやりたいのか』と訊かれて、私もそれに答える形でお話ししました。監督が『こういう映画を作りたい』というお話をされていて、その情熱に触れて、作品への思いが伝わってきました」

―――ーオーディションでは具体的なシーンを演じたのでしょうか?

鈴木「はい。初めは超能力を使うシーンの演技をいくつかやりました。あとはピアノを弾くシーン。音に合わせてエアーでピアノを弾くお芝居をしました。ゲーム感覚もありましたが、イメージを共有しながら進めたのが印象的でした」

―――冒頭、鈴木さん演じるフキが作文を読み終わると、フキの顔が正面からクロースアップで捉えられます。この時、鈴木さんは少し笑いをこらえているような曖昧な表情をされていて、グッと引き込まれました。このシーン、どのような気持ちでカメラの前に立っていたのでしょうか?

鈴木「このシーンにかぎらず、お芝居をやっている時は何も考えていなくて、本当に空っぽみたいな状態なんです。抜け殻みたいな」

―――「ヨーイ、スタート」のかけ声を聞くと、バチっと演技モードに切り替わる感じでしょうか?

鈴木「『よし、やるぞ』と思ったら、手に力を入れてギュッと握って、それをポンと放す感じ。その一瞬でスイッチが入ります」

―――スイッチが入ってからはお芝居に没入する?

鈴木「そうです。集中していると周りの声が全く聞こえなくて、『おーい!』って言われて、ようやく気づくみたいな(笑)」

石田ひかり「子供の頃の感覚を思い出しながら演じました」
“少女の目に映る”大人の世界

映画『ルノワール』インタビューカット
【写真:映画チャンネル編集部】

―――リリーさんは今回、鈴木さん演じる主人公・フキの父親(圭司)を演じられました。圭司は末期ガンを患っており、自身の死を悟っているように見えました。撮影前にどのような準備をして現場に臨まれましたか?

リリー「早川監督の映画は、前作『PLAN 75』はもちろん、短編も観ていました。今回、出演させていただくにあたり、脚本を読ませていただいたのですが、本当に素晴らしかった。脚本を読むと、病院のシーンで部下が『痩せたね』と口にするので、『痩せておいた方がいいんですかね?』って言ったら、監督から『そうしてください』と。事前の準備はそれくらいですね」

―――カンヌでの公式会見で、早川監督は、冒頭のお葬式のシーンを撮っていた時「リリーさんの佇まいがまるで小津安二郎作品における笠智衆のようだった」とお話されていました。

リリー「あそこはフキが頭の中で想像したシーンですよね。たしかあのシーンはクランクインの日に撮りました。どんな表情がこの役にとってリアルなのか、まだ十分に掴みきれていなかったのですが、完全に無に徹して演じました」

―――石田さんは今回、フキの母・詩子を演じられました。どのように役を解釈して撮影に臨まれましたか?

石田「この映画は『子供の目から見た大人の世界』が描かれていて、彼女の目にどう映るべきなんだろうっていうことを常に考えながら必死でやっていました」

―――石田さんが演じた詩子は、フキから見た「大人の世界」を象徴するキャラクターの1人ですね。

石田「はい。私自身、子どもの頃を思い出すと、大人たちって一体何をしているんだろう、っていつも不思議に思っていました。『早く寝なさい』『テレビを消しなさい』『勉強しなさい』って、そんなことばかり言っていて。子どもの頃の私にとって“大人の世界”って、どこか見てはいけないものというか、踏み込んではいけない、ちょっとした “闇”のように思えたんですよね。私はフキちゃんみたいに、そんな大人の世界に思い切って足を踏み入れてしまうことはなかったけれど、子どもだった自分にとって、大人たちはどう見えていたのか。その感覚を思い出しながら演じました」

―――詩子は、一般企業に勤めながら、病気の夫と小学生の娘を養う一家の大黒柱の役割を担っています。多忙な日々を送るうちに、人間らしい部分がすり減っていく。そしてそのことに葛藤を覚えている。とても切実な問題を生きているキャラクターだと思いました。

石田「そうですね。仕事もうまくいっていないし、病気を抱えた夫を支えなきゃいけないし、夫婦関係も決して良好ではない。さらに娘はちょっと風変わりなところがある。そんな、いろんなストレスが積み重なった中で、どこか不機嫌さを滲ませている。そうした姿をリアルに表現できたらと思って現場に臨みました」

鈴木唯「普段の自分はフキちゃんよりももっと素直です」
役との共通点と相違点

映画『ルノワール』インタビューカット
【写真:映画チャンネル編集部】

―――本作には、フキの一挙手一投足に目が離せず、表情やアクション、発声の一つひとつに血が通っているという印象があり、ドキュメンタリーのような感触もありました。 鈴木さんとフキの共通点、あるいは全く似ていない部分があれば教えてください。

鈴木「似ているところは、純粋で素直で好奇心旺盛なところと大胆なところ。あと、1つのことに集中しちゃうところです。逆に普段の性格は正反対です。フキちゃんはめったに感情を表に出すことはありませんが、私は、純粋に感情が出ちゃう人間。嫌な時は嫌そうな顔をして、嬉しい時は純粋に嬉しい顔をしてしまいます。

フキちゃんは無表情でいることが多いけど、私はもっとわかりやすく喜怒哀楽を表に出します。すごく嬉しい時は『イエイ〜!』ってニコニコになるし…といっても、基本的にいつもニコニコなんですけど(笑)。でもたまに疲れちゃった時とかは『はあ…』って、ネガティブな時は思いっきりネガティブになっちゃう。普段の自分はフキちゃんよりももっと素直です」

―――そうなのですね。中盤、フキがお友達の家に遊びに行くシーンで、食べかけのケーキを回収されてしまう一幕がありましたが、あの時のフキの表情が何とも言えず素晴らしかったです。ケーキを途中で取られた後、お友達の方をじっと見つめますけど、役を演じていない普段の鈴木さんだったらもっと感情が表に出てしまいそうですね。

鈴木「私は素直に、『ケーキ、余っているなら私が食べてもいいですか?』って言っちゃうと思います。美味しかったので」

リリー「ケーキを持っていかれて、フキがフォークをペロってするじゃないですか。あれ、スクリーンを見つめる八割方のお客さんが『やるだろうな』と予測する行動だと思うんです。にもかかわらず、すごく新鮮に見える。これは凄いことだと思うんです。唯ちゃんが自発的にやろうと思ったのか、早川さんがやってくれって言ったのかわかんないけど、観客が想像できることをやって、安易にならないというのは大したもんだなと思いました」

鈴木「あれはたしか監督の指示だったのかな…」

リリー「でもあれはすごく良かったよ。『やるぞ、やるぞ』と思わせといて、ちゃんとやって“とてもいい”と思わせるのはなかなか難しいことだから」

石田「一方でフキちゃんが赤い毛糸をチョキンって切るシーンで唱える不思議な呪文、あれは唯ちゃんのオリジナルだよね?」

鈴木「現場で適当に考えました(笑)」

―――すごく耳に残るおまじないでした。

リリー「僕はただ入院して、健康状態のことや、病気を治して仕事に復帰したいということばかり考えていて、フキのことをことさら構ってあげてはないんだけど、ああいう細かい描写でフキの父親に対する愛情を感じられる。最初に言ってくれたみたいに、2回見ることで細かい部分に気付いて、より深く味わえるような作品になっていますよね」

リリー・フランキー「品の良さを感じます」
すべてを語らない描写の妙

映画『ルノワール』インタビューカット
【写真:映画チャンネル編集部】

―――早川監督によると、今回、編集にとてもこだわられたとのことでした。完成した作品をご覧になった印象は、脚本を読んだ時の印象とはまた違ったものでしたか?

鈴木「ラストの印象がガラッと変わって、驚きました」

リリー「そうそう。最初の台本はもっとファンタジーで終わっていくんですけど、完成した映画では、より少女の成長が見られる終わり方になっていて、とても良かった」

石田「台本に比べてシーンの順番が変わっていたり、監督も『断腸の思いで』っておっしゃっていましたけど、だいぶ短くなったりするところもあって。『あ、こうなったんだ』と新鮮な気持ちで観られました。個人的には、完成した作品では、『母と子』の自立というテーマがより強く感じられて、とても好きでした」

リリー「河合優実さんの登場シーンも当初はもっと後半だったんですけど、かなり早くなりました」

石田「そうですよね。私も『あれ?』と思って」

リリー「河合さんの台詞は、台本上で6~7ページもある長台詞で。どうやって撮るんだろうなと思っていたら、彼女の周囲をフキが終始ウロウロしているのがすごく面白かった。本当はもっと長いシーンだったんですけど、これはあと5分あっても観られるなと思いました」

鈴木「『なんか喋ってるな〜』と思って、ほっとくかみたいな感じで、ちょっと周りを探索していました。監督は、このシーンでフキちゃんが河合さんにまったく触れないのが面白いと思って見てくれていたみたいです」

リリー「フキは彼女が催眠にかかっていると思っているからね。でもあの尺で見ても、すごく長く話してたんだろうなってことがちゃんと伝わる。それで言うと、中島歩くん演じる御前崎と詩子の関係も決定的なシーンは一つもなくて。占い師の台詞によって誘導されているだけかもしれないという」

石田「中島さんとの絡みでは、手前味噌ですけど、タバコのシーンが大好きなんです。すっごく短いシーンなんですけど。中島さんは映らないにもかかわらず、彼がいるだろう方向をふと見る。そのあと絶対何かあるだろう…っていう余韻を残して終わるところが良いなと」

リリー「直接的な描写をせずに、外から核心を炙り出すような表現がこの映画には多くて、品の良さを感じます」

映画『ルノワール』を支えたチームの絆

映画『ルノワール』インタビューカット
【写真:映画チャンネル編集部】

―――カンヌでの囲み取材に参加させていただいた際、石田さんが鈴木さんのお芝居についてお話しになった瞬間、石田さんの方を向いて、言葉を噛みしめるように話を聞く鈴木さんの姿が印象的でした。一方、鈴木さんを見つめる、リリーさん、石田さん、早川監督の目はとても温かく、強い信頼で結ばれているのがうかがい知れました。皆さんにとって『ルノワール』チームで過ごした時間はいかがでしたか?

鈴木「『ルノワール』チームは温かくて、賑やかっていうわけでもないけど、静かというわけでもない、ちょうどいい感じというか…」

リリー「かつては体育会系のノリがあって、大声を出していれば映画が撮れると思っているおじさんたちがいっぱいいたじゃないですか。そういう人たちはもう1人もいないというのは良かったですね。前作にも参加しているスタッフも多く、早川さんに対する信頼が厚いので、現場が滞るということは一切なく、つつがなく撮影が進んでいく。すごく穏やかな現場でした」

―――石田さんはこのチームで過ごした時間はいかがでしたか。

石田「もう私にとってはドリームチームです。早川監督、リリーさん、中島歩さん、河合優実ちゃん、坂東龍汰くん、素晴らしいスタッフ陣。もう本当に『こんなに恵まれていいんだろうか?』と思う。今後、唯ちゃんは経験を重ねて、どれだけこの組が恵まれていたのか、実感する日がいつか来るはず。その日が本当に楽しみです」

リリー「この映画にとってすごく大きいのは、“女優・鈴木唯”の芝居と、ありのままの唯ちゃんの10代前半の一瞬を記録しているということなんです。ただ演技をしているだけだったら、このみずみずしさは絶対に出ない。“何かになりかけている人間”にしか出せない輝きというか、生のままの魅力がちゃんとスクリーンに定着していて、それがこの映画のいちばんの魔法だと思うんです。これは、ありのままを撮ったドキュメンタリーでも生み出せない、あるいは、完成された演技だけでも表現できない。だからこそ、この作品には、誰にでも届くような、生々しくて普遍的なリアリティがあるんです」

(取材・文:山田剛志)

【作品概要】

『ルノワール』
2025年6月20日(金)よりロードショー
監督・脚本:早川千絵
出演:鈴木唯
石田ひかり 中島歩 河合優実 坂東龍汰 / リリー・フランキー
Hana Hope  高梨琴乃 西原亜希 谷川昭一朗 宮下今日子 中村恩恵 
エグゼクティブ・プロデューサー:小西啓介 水野詠子 國實瑞惠 木下昌秀 小林栄太朗 Jossette C. Atayde Maria Sophia Atayde-Marudo  Fran Borgia
プロデューサー:水野詠子 Jason Gray 小西啓介 Christophe Bruncher Fran Borgia
コ・プロデューサー:Jossette C. Atayde Alemberg Ang Olivier Père Rémi Burah Yulia Evina Bhara Amerta Kusuma Amel Lacombe
アソシエイト・プロデューサー:山根美加 ラインプロデューサー:金森保
撮影:浦田秀穂 編集:Anne Klotz 美術:三ツ松けいこ 装飾: 秋元早苗 照明:常谷良男 録音:Dana Farzanehpour 
衣装:宮本まさ江 ヘアメイクデザイナー: 橋本申二  制作担当:金子堅太郎 助監督:佐藤匡太郎 キャスティング:杉野剛    
サウンドデザイン:Philippe Grivel Yves Servageant フォーリー:Xavier Drouot 音楽: Rémi Boubal 
製作:ハピネットファントム・スタジオ ローデッド・フィルムズ 鈍牛俱楽部 KINOFACTION テンカラット
Ici et Là Productions/Akanga Film Asia/Nathan Studios/Daluyong Studios/ARTE France Cinema/KawanKawan Media/Panoranime
企画・制作:ローデッド・フィルムズ 制作協力プロダクション:キリシマ1945 
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(国際共同製作映画)
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【了】

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