「映画が終わったあとも、結末の先に物語は続いている」映画『愛されなくても別に』井樫彩監督、単独インタビュー
7月4日(金)公開の映画『愛されなくても別に』。「江永さんのお父さんが殺人犯ってホントなの?」という衝撃的な問いかけから始まり、「毒親」という文字が躍る予告に思わず身がまえるが、エキセントリックでは終わらない、繊細な〝日常〟が広がる109分だった。井樫彩監督に、本作への思い、エピソードをお聞きした。(取材・文:田中稲)
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「小説と一緒に南さんが来てくれた」
―――原作は武田綾乃さんの同名小説ですが、どんなところに惹かれましたか。
「母親に搾取され続けアルバイト三昧の宮田陽彩(南沙良)、父親が殺人犯で、母親に売春を強要される江永雅(馬場ふみか)、過干渉の母に縛られ宗教に走る木村水宝石(あくあ/本田望結)と、毒親を起点にした話ではあるのですが、それだけではない、人との関わり方や、生き方そのものをテーマにした作品だったので、すごく共感しました。ただ、やはり描き方は難しかったです。大きなチャレンジではありましたね」
―――キャスティングが絶妙でした。主演の南沙良さんはもう、陽彩役は「彼女しかいない」くらいにハマっていましたが、改めて、監督から見た南さんの魅力を教えてください。
「南さんは、以前に ABEMAの短編映画『恋と知った日』(2023)という作品でご一緒し、それが素晴らしくて、またご一緒したいと思っていました。そして今回、原作をすすめてくれた企画・プロデュースの佐藤(慎太朗)さんから南さんの名が挙がって、本当にぴったりだと。最初から、小説と一緒に南さんが来てくれた感じです」
―――南さん自体が鋭く磨かれたアンテナみたいなイメージがありますね。ちょっと心配になるぐらいの繊細さというか。
「分かります。『守んなきゃ』と思わせるムードがありますね」
―――江永雅役の馬場ふみかさんは意外な配役でしたが、ぴったりで驚きました。
「馬場さんも2 回目です。それがドラマ『けむたい姉とずるい妹』(テレ東系、2023)で、当時ちょうどこの映画の脚本を書いたり、キャスティングをしたりと準備をしていたんです。そんななかで、馬場さんとご一緒して『あれ、雅役、いけるんじゃないかな?』と」
―――馬場さんに「いけるんじゃないかな?」とピンときたポイントはどこだったのでしょう。
「私が想像する雅は、飄々としているけれど、どこか愛らしくて人間味もあるキャラクター。馬場さんも普段、さらっとして軽やかなのに、どこか絶対に見せない、開けてくれない扉みたいなものも感じて、そこがぴったりだと思いました」
―――スローで、ちょっとダサさも感じて、でもピリッと鋭い、不思議なたたずまいで、目が離せませんでした。
「彼女は可愛くてスタイルも良く、何を着ても似合うから、可愛すぎる雅はちょっと違うと思っていて。抱えているものが重いので、髪の色が変わっていったり、青の染めもまだらな感じでと、不器用さを出しました」
「想像を超えた演技をする人に惹かれる」
―――過干渉の親に悩む木村水宝石のイライラは、とてもリアルに感じました。演じた本田望結さんについてお聞かせください。
「多分、3人の抱える不幸のなかで、一番身近で共感する人が多いキャラクター。だから余計にキャスティングは悩んだのですが、本田さんの名前が出たとき『めっちゃ合うじゃん』と。褒め言葉なのかわかんないですけど、褒めてるんです。南さん、馬場さんの2人と、まとってる空気感が全然違うのも大きかったです。3人が並んだ時、見え方がバラバラなほうがいいとはずっと思っていたので」
―――今回の3人もそうですが、『真っ赤な星』(2018)の桜井ユキさんや『あの娘は知らない』(2022)の福地桃子さんなど、井樫監督の映画の主人公は、秘めて秘めて、その思いがドロっと溢れ出るみたいな感じがすごいですね。キャスティングの基準はあるのでしょうか。
「想像を超えて『こう来たか!』みたいなお芝居をする方に惹かれるかもしれません。みなさん共通なのは、元々備わっている感性がすごいということですね。普段から小説や映画をよく読んだり観たりしているだけじゃなくて、日常で楽しんだり、悲しんだり気づいたりしたことをちゃんとストックしている人。私は、そういった人との出会いにすごく恵まれている気がします」
―――南さんと馬場さんは、劇中での物語にはないシーンも演じてもらったそうですが、どんな意図があったのでしょう。
「映画の中では実際にはないシーンでも、それを経験して、そこから生まれた感情を持ってもらうイメージですね。アクティングコーチの方についてもらって、馬場さんには、雅の過去のトラウマのシーンを、南さんには、コンビニのシーンを演じてもらいました。陽彩は、過去ではなく、現在の苦しみのなかで物語が進んでいくキャラクターなので、その間を埋めるというか、それ以外の日常もある、ということをなじませておいて欲しいという意図がありました」
誰もが抱えている〝抑圧〟
―――陽彩のお母さんを演じた河井青葉さんも印象的でした。『あんのこと』(2024)でも強烈な母親役を演じていましたが、どんなことを意識されましたか。
「今回は、いわゆる殴ったり放置したりする、分かりやすい毒親ではない描き方にしたかったんです。河井さんには、子どもが大人になったみたいな、純粋にわがままを言い、甘えているイメージをお伝えしました」
―――確かに子どもと親の立場が逆転しているような感じが、いたたまれなかったです。陽彩はもちろんですが、雅も、根はとても真面目ですよね。
「本当にそうですよね。自分を押し殺して親のために生きて、本音が言えなくて我慢して、そのまま〝いい子〟を続けてしまう…」
―――以前、井樫監督が「AKB48が好きだった」というのを、記事で読んだことがあるのですが、どこか彼女たちと似た、自分の役割に対する過剰なほどの使命感みたいなものを、今回の映画にも感じました。
「あはは、AKB48の大島優子さん、大好きでした(笑)。確かに今の子は、真面目で『やらなきゃいけないし、やる』という世間的な風潮で育っている世代かもしれません。私は、映画の主人公たちより少し年上ですが、目立って悪い子が多いわけではない、不良にもなりきれない、種類の違う『抑圧』を、誰もが自覚あるなし関わらず、うっすら感じて育った気がします。だから『自由』について、とても考えますね」
映画が終わっても主人公たちが生き続ける「余韻」
―――「不幸って、他人と比較できるものじゃなくない?」など、印象的なセリフが多い本作ですが、同じくらい、雨の音やコンビニのドアのベルの音など、生活音の響きが独特で、登場人物の感情が伝わってきました。「音」は特に意識されているのでしょうか。
「せっかく劇場という場で上映する作品を作っているので、とことん没入できるようにもっていきたい、というのが大きいです。ほかに見るものがない、聞くものがないという閉ざされた状況で、どれだけ物語に入り込んでもらえるか考えると、音はかなり気になる要素のひとつですね」
―――マカロニえんぴつ「恋人ごっこ」など、MVを多く撮ってらっしゃいますが、(本作の主題歌hockrockb「プレゼント交換」のMVも監督)その経験も活きているのでしょうか。
「うーん、たとえば日常でも、喋りながら、あっちの席の話し声に耳がいっていたりすることもあるじゃないですか(笑)。つらいとき、やたらと雨の音が強く聞こえたりすることもある。生活の音は、どんな感情かで聞こえ方が変わってくるのが面白くて、それを演出で活かしたい、という感じですね」
―――公式サイトに「感情のグラデーション」っていう言葉がありましたが、言葉にも態度にもなかなか出しにくい隙間の表現がすごいですね。
「セリフで終結したくない、という気持ちが常にあって、音や風景描写を用いて比喩するのは意識しています。私は、映っているシーンから出る感情以上の音楽を流したくなくて、盛り上がるシーンに盛り上がる曲を重ねるのではなくて、その直前か直後に持ってくることが多いです」
―――なるほど、風景や音や彼女たちのたたずまいは、けっしてエキセントリックではないですが、余韻がすごいです。映画を観たあとも、彼女たちのその後を考えてしまいました。
「嬉しいです。人生には『どうなるかわからない』が付きまとっていて、いいこともあるし、頑張ってもこれまで以上に傷つくことは、きっとあると思うんです。それも含めて、映画が終わったあとも、結末の先に物語は続いていて、陽彩も雅もどこかで生きている。そんな想像をしていただければ嬉しいですね」
まさに、『愛されなくても別に』は見終わったあとも、シーンの断片がチラチラと街の風景と重なり、心をチクチクと刺してくる。
衝撃的なテーマの根本にある儚く消えそうな本音を、劇場のスクリーンで拡大され、自分と重なる部分を見せつけられる、そんな映画だった。見たあと、心に残り、余韻は消えるどころか、威力が増す。
いっそ、どっぷりと浸ろう。
【著者プロフィール:田中稲】
ライター。アイドル、昭和歌謡、JPOP、ドラマ、世代研究を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」を連載中。「文春オンライン」「8760bypostseven」「東洋経済オンライン」ほかネットメディアへの寄稿多数。
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【了】