「不思議で忘れられない体験」短編映画『オン・ア・ボート』主演・松浦りょうインタビュー。演じる感覚と表現について語る

text by 福田桃奈

松浦りょう主演、渋川清彦、山本奈衣瑠が共演する短編映画『オン・ア・ボート』。今回は、主演を務められた松浦りょうさんに独占インタビューを敢行。本作の撮影を通して不思議な体験をしたというエピソードや、役作りについて、また表現とこれまでの歩みなど、たっぷりとお話を伺った。(取材・文:福田桃奈)

「どう心が動くのか実験するような感覚だった」
現場に身を委ねて掴んだ感覚

松浦りょう 写真:Kazeho
松浦りょう 写真:Kazeho

ーー松浦さん演じた高橋さらは、自分一人では叶えることが出来なかったマイホームを持つことや安定した生活など、彼女がその時思う「自由」を結婚することで手に入れます。そんな中、他者と関わるうちに“自分”という存在や価値観が揺らいで不安定になる様子がヒシヒシとこちらに伝わってきました。ヘソ監督とは元々お知り合いだったそうですが、企画を持ちかけられた時、どんなお話をされましたか?

「台本と一緒にお手紙も添えていただいたんですけど、そこには脚本を書く中で、『“高橋さら”という人物が一番最後に現れ、そして彼女を物語に入れた途端に脚本が進まなくなった』と。ただ私と“さら”と重ねた時に、『さらは命を持って動き始めた』ということが綴られており、それがとても嬉しかったですし、『もちろん演らせてください』とお伝えしました」

ーー脚本を読んでみていかがでしたか?

「登場人物が少なく、描写も鮮明だったこともあり、情景が浮かんできて、とても胸が高鳴ったのを覚えています。でも私が演じた“高橋さら”という人物が、何を考えて、どういう気持ちでその場にいるのかを掴めなかったというのが本音です」

ーー役が掴めなかった中で、どのように役作りをされましたか?

「まずは全てを紐解かなければいけないと思いました。彼女の言動や行動の一つ一つの意味を考え、その作業を撮影前日まで集中してやりました。ただそれを行った上で、敢えて全てを忘れて現場に入りました。渋川さん、山本さん、本当に周りのみなさんに身を委ねて、ただその場に存在することに専念しました。“さら”がどういう風に心が動いて行動するのかを実験するような感覚でしたし、それは私にとって初めての試みでした」

ーー実際に現場で演じてみて、共感できる部分や発見したことはありましたか?

「正直“さら”でいた時はあまり共感できていなかったかもしれないです。彼女を客観視できるようになった今、やっと理解できるようになったり、共感できる部分が見えてきましたが、当時は分からなかったですね。それは彼女が求める幸せの形が分からなかったからなんだと思います。彼女が心から望んでいるものが何なのか分からなかったんです。ただ、それは彼女自身も分かっていなかったのだと思います。

でもむしろ分かっている人の方が少ないと思うんです。自分が心から望む幸せの形を自覚している人って少ないのではないでしょうか。きっと私もそのうちの一人なので」

「雪解けのように今と過去が繋がった」
撮影での不思議な体験について

松浦りょう 写真:Kazeho
松浦りょう 写真:Kazeho

ーーえだまめとリビングの食卓で向かい合い対峙するシーンがあります。さらが結婚をして普通の専業主婦になったことに、えだまめが「意外」だと言及しますが、このシーンで、さらは自分が思っていた「自由」の概念が揺らぎます。信じていたことが崩れていく様が、表情から感じることができ、本当に素晴らしかったです。

「まさにこのシーンは、さらがどう感じるのか全く想像ができなかったですし、“さら”自身も予想していなかったので、流れに身を委ね、えだまめからの視線や言葉に素直に反応して、自然と溢れ出た感情をそのまま表しました。本当に心が動き、心拍数も上がったのをとても鮮明に覚えています」

ーーその後、えだまめが奏でるピアノの演奏に合わせて“さら”が歌うシーンがあります。最初は歌うことを拒みますが、『自由だ』と歌った瞬間、あらゆるものから解放されると共に、夫との生活が窮屈だったことに気付いてしまったように見えました。

「彼女が歌うことをためらったのは、過去を思い出してしまい、今いるこの現実に戻れなくなる気がしたからだと思います。そして歌い出すと、まるで雪解けのように今と過去が繋がって、実際には経験していないのに、えだまめとボートで旅をしていた時の情景が鮮明に頭の中に浮かびました。その姿はとてものびやかで軽やかで、彼女は自分を自由に解放していました。それは本当に不思議で忘れられない体験でしたし、このシーンは凄く好きな場面の一つです」

ーー渋川清彦さんとは夫婦役で共演されていますが、今回一緒にお芝居をされてみて、どんなことを感じましたか?

「憧れの存在でしたし、全てを受け入れてくださる許容の広さや包容力をお芝居を通じて深く感じました。言い争うシーンでも、どんな球を投げたとしても絶対に受け止めてくださり、しっかりとキャッチボールができた感覚がありました。伸び伸びとやらせていただき、大変貴重な経験をさせていただいたなと思っています」

ーーーヘソ監督の演出はいかがでしたか?

「ヘソさんはまず提案をしてくださって、私に選択肢を与えてくださるんです。例えば、とあるシーンで動揺を隠せず、行動が粗くなってしまったことがあったのですが、その時に、『さらは感情をそこまで表に出さないんじゃないかな? どう思う?』と問いかけてくださって。

現場に身を委ね、さらとして”ただ存在する”ことを選んだ私にとって、その演出は、演じる上で非常に大きなヒントになりました。ヘソ監督にはいつもそのような形で導いていただいていたなと思います。また、どんなに小さな質問に対しても、とても丁寧に向き合ってくださり、作品を一緒に作っているという実感をより一層持つことができ、とても贅沢な現場でした」

「模索しては失敗の繰り返し」
表現と向き合う日々について

松浦りょう 写真:Kazeho
松浦りょう 写真:Kazeho

ーー松浦さん自身のことについても少しお聞きしたいなと思います。学生時代は、バンドでヴォーカルを担当していたそうですが、本作での歌うシーンがとても美しかったので、その経験を知り腑に落ちました。JUDY AND MARYが好きだったそうですね。

「元々母親が好きだったのですが、小学3年生ぐらいの時に、車の中で流れる音楽を聴いたり、ライブ映像を観た時に、『こんな人がいるんだ』と凄く衝撃を受けたんです。彼女のキャラクターがとても魅力的に映りました。

JUDY AND MARYを通して、『どうしてもバンドをやりたい』と思い、中学から高校の6年間は軽音楽部に入り活動をしていました。その当時は歌うことで自分の価値を見出していました」

ーー始めは歌うことで自己表現していたところから、その後お芝居の道に進まれます。

「歌を通して放出していた感情をそのまま表現に活かしたいと思いお芝居を始めました。ただバンド活動を辞めてからは長い間、歌を歌っていなかったんです。歌うと様々な感情が蘇ってしまうので、できる限り自分から遠ざけていました。

ただ今回“さら”を演じてそこが凄くリンクしたんです。“さら”も歌うことで過去を思い出してしまい、今の現実に戻れなくなることを恐れていた。その感情が、まるで自分のことのように手に取るように分かりました。

今は歌うことも自己表現の一つだと思えるようになり、今後も役を通して歌う機会に恵まれたら嬉しいです」

ーーこれまでも様々な作品にご出演されていますが、お芝居をする時にどんなアプローチをしていますか。

「自分の芝居を映像で観る度に、どんどん課題が出てきて、毎回アプローチを変えてみているのですが、自分とかけ離れた境遇の役は、できる限りその役の置かれた環境に近い状況に身を置き、身体的にも精神的にもその人物を理解することを意識しています。

逆に自分に近い役は、あまり作り込みすぎない方が自分には合っているのかなと今は思っています。でも本当に何が正解かは分からないですね。模索しては失敗して、模索しては失敗しての繰り返しです」

ーー最近はお芝居に対する考えに変化があったそうですね。

「今までは、役の人物だけにフォーカスしていたんですけど、結局は役と自分は地続きで、日頃の自分を見直す必要があるなと思ったんです。役を自在に操るためにはいかに自分が自由な人間でいられるかが大事だなと。とはいえ、それはとても難しいことですので、今後もずっとこの課題と向き合っていくのだと思います」

ーー最後に、本作の魅力とメッセージをお願いいたします。

「30分の短編映画ですが、とても濃密な映像体験ができる作品になっていると思います。

一つ屋根の下の一夜の物語の中に、社会の様々な構図が映し出されているように感じるので、どんな境遇の方でも自分を投影したり、感情移入することができると思いますし、何かを感じていただけるのではないかと思います」

ーーありがとうございました!

(取材・文:福田桃奈)

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【了】

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