1990年代最高の邦画は? 日本映画黄金期の傑作(5)不倫した妻を殺害…カンヌでパルム・ドールを獲った傑作

text by 村松健太郎

1990年代の邦画には、今なお色褪せぬ珠玉の名作が数多く存在する。時代の空気を映しつつ、人と人との絆や葛藤を繊細に描いたそれらの作品は、観る者の心に深く刻まれる。ここでは、90年代邦画の魅力を語るうえで欠かせない5本を厳選し、それぞれの魅力に迫る。第5回。(文・村松健太郎)

孤独な男が見つけた、人生の再出発と小さな希望

『うなぎ』(1997)

監督の今村昌平【Getty Images】
監督の今村昌平【Getty Images】

監督:今村昌平
脚本:今村昌平、天願大介、冨川元文
出演者:役所広司、清水美砂、柄本明、倍賞美津子、田口トモロヲ

【作品内容】

 不倫した妻を殺害してしまった山下(役所広司)は、極度の人間不信に陥り、出所後もペットのうなぎだけに心を開くという生活を送っていた。ひっそりと理髪店を営んでいた山下はうなぎのエサを探しに川原に行くと、そこには倒れている女性を発見する。その女性・桂子(清水美沙)は自分が手にかけた妻とそっくりだった。後日、桂子は礼を言いに現れ、そのまま山下の理髪店で働きたいと言い出す…。

【注目ポイント】

 吉村昭の小説『闇にひらめく』を原作に、今村昌平監督が映画化した本作は、1963年の『にっぽん昆虫記』、1979年の『復讐するは我にあり』、1989年の『黒い雨』などで知られる監督の集大成とも言える力作だ。国内外で絶賛され、第50回カンヌ国際映画祭では最高賞・パルム・ドールを受賞。これは1983年の『楢山節考』に続く、今村監督にとって2度目の快挙である。

 日本国内においても本作は高く評価され、日本アカデミー賞では最優秀監督賞、最優秀主演男優賞など主要部門を受賞し、キネマ旬報ベスト・テンでは堂々の第1位に輝いた。なお、今村監督と共同で脚本を手がけたのは、実の息子である天願大介。彼もまた『暗いところで待ち合わせ』(2006)、『デンデラ』(2011)といった監督作や、『十三人の刺客』(2010)などの脚本で、日本映画界を支え続けている。

 1990年代は、こうした重厚な作品だけでなく、日本映画に革新をもたらす多様なジャンルの名作が次々と誕生した時代でもある。

 たとえば、押井守監督の長編アニメーション『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)は、サイバーパンクと哲学的テーマを融合させ、後の『マトリックス』(1999)をはじめとするハリウッドSF映画にも多大な影響を与えた。

 本広克行監督の『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998)は、刑事ドラマをエンターテインメントに昇華させ、シリーズ化されるほどの社会的現象となった。また、宮崎駿監督が手がけた『もののけ姫』(1997)は、当時の国内興行収入の歴代記録を塗り替え、日本アニメーション映画の新たな金字塔を打ち立てた。

 同じく1998年には、中田秀夫監督による『リング』が公開され、“Jホラー”ブームを巻き起こす。ビデオテープを媒介とする呪いという斬新な設定と演出は、世界中に衝撃を与え、後にハリウッドでリメイクされるなど、国境を越えた文化的インパクトを生み出した。

 そして、1999年には高倉健主演の『鉄道員(ぽっぽや)』が公開。監督は降旗康男。長年にわたって日本映画界の屋台骨を支えてきた両名による、静かながら深い感動を呼ぶ一作であり、高倉健のキャリア後期を代表する名作となった。

 これらの作品群は、単なるエンタメや話題作にとどまらず、日本映画の持つ多様性と底力を、国内外に強烈に印象づけた。1990年代とは、まさに“日本映画の再起動”の時代だったと言えるだろう。

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【了】

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