「やっぱり人間って愛おしい」映画『生きがい IKIGAI』監督・宮本亞門インタビュー。能登への想いと映画製作を語る
舞台演出家として活躍する宮本亞門が30年ぶりにメガホンを取り製作された北陸能登復興支援映画『生きがい IKIGAI』が、現在公開中だ。今回は、脚本と監督を務められた宮本亞門さんにインタビューを敢行。能登の現状や映画製作の裏側、また演出家として大切にされていることなど、たっぷりとお話しを伺った。(取材・文:福田桃奈)
「決して綺麗事にはできない」
能登の人々の想いを汲む
ーーー本作は、宮本亞門さんが監督・脚本を務められたショートフィルム『生きがい IKIGAI』と、手塚旬子さん監督のドキュメンタリー『能登の声 The Voice of NOTO』の2部構成となっています。この構成によって、能登の方たちの想いが説得力を持って、より一層伝わる作品になっていると感じました。映画製作の経緯はボランティアに参加されたことがきっかけだったそうですね。
「能登には旅行で何度か訪れたことがあり、輪島の朝一のお母さんたちの温かさや賑やかな笑顔が忘れられなかったんですね。だから元旦に震災があった時は大変驚いて、すぐにボランティアに行きたかったのですが、個人での参加は規制されていて、やっと行けたのが8月頃でした。
でも訪れた先で地元の方に言われたのは、『亞門さんはボランティアなんてやらずに、この状況を伝えて欲しい』と。その言葉がずっと心に引っ掛かっていました。そんな中、9月に土砂災害があり、毎日テレビニュースやYoutubeを観ていたのですが、普通ニュースのインタビューでマイクを向けられると、『ありがとうございます。頑張ります』と言う方が多いけれども、一人息を吐くように『まだ頑張らんといかんのかね…』とつぶやいた方がいらしたんです。凄く胸を痛めましたし、その言葉をメモしている自分がいました」
ーーーそこから撮影までは、2ヶ月という短期間での準備だったそうですね。地元の方たちの声を基に製作されたそうですが、どんな思いがあったのでしょうか?
「解体作業が進み、物凄い勢いで取り壊されているので、急がないと現地の状況さえも伝えられなくなってしまうと思いました。今回、ボランティアセンターの方と仲良くなり色んな話を聞いたのですが、解体をする中で、長年使っていたものがゴミ扱いされ、その時の心の痛みや寂しさ、戸惑いなどを聞き、決して綺麗事にはできないなと思いました。とにかく現地の方たちの声を集めることに尽力しました」
ーーー鹿賀丈史さん演じる、黒鬼と呼ばれる主人公・信三住む家は、実際に半壊した家屋が使用されています。ヘルメットを着用して撮影に挑まれたとのことですが、大変だったのではないでしょうか?
「もし家が倒れて、誰かが下敷きにでもなったら、全責任は僕にあると思って監督をしていました。決して表情には出さなかったけれども『神様お願いだから絶対に壊さないでくれ』と祈るばかりでした。
先日、能登で先行公開された時に、観てくださった現地の方から『前へ進みます』というコメントをいただいたり、とても喜んでくださることが多かったのですが、ちゃんと伝わったんだという思いと共に、誰も怪我することなく撮影を終えられたんだという安堵感で、緊張の糸が切れるのを感じました。やはり無意識のうちにずっと緊張状態にあったんだなと気付かされました」
ーーー撮影をする中で、地元の方たちとの交流はありましたか?
「地元の方たちが本当に温かく、『手伝わせて欲しい』『ありがとう、ありがとう』と言っていただき、恐れ多かったですけど、やっぱり人間って愛おしいなと思いましたね。もちろん地震や災害で分断も起こるだろうけど、それ以上に繋がっていこうという人の想いに触れることができ感動しました。
この作品の中でも描いてますが、人と関わらずに1人でいると不安になり、巨大な虚無感に襲われると思うんですよ。仮設避難所の四畳半の中で、辛そうにしていましたからね。だから、地元の方たちの元気な姿には胸に来るものがありました」
「自分の悲劇を思い返すのではなく」
本作で伝えたかったこと
ーーー冒頭では、御陣乗太鼓を叩く映像に、自然災害の様子がオーバーラップする形で映し出されます。自然の脅威と共に、人々の内なる悲しみや憎しみを感じ、具体的でありながらも抽象的なシーンでした。ドキュメンタリー『能登の声 The Voice of NOTO』の後半でも、御陣乗太鼓を演奏するシーンが登場しますが、あまりの迫力に息を飲みました。
「高校生の頃に、初めて御陣乗太鼓を見たのですが、恐ろしくて呼吸もできないくらいの恐怖心を感じて…。本気の畏敬の念というか、人間が本来持っている悍ましい程の力と、叩き終わった後の切なさ。一瞬で全てが変わってしまうような凄みに、地震と近いものを感じましたし、日本そのものだと思ったんです。
日本は、地下にマグマがあり、想像の範疇を超える地震があって、人々はその自然の恐ろしさに逃げることなく共に生きてきたということを映像で表現しようと思いました。御陣乗太鼓には人知を超えるものがあるんですよね」
ーーー中盤のシーンでは、ボランティアの方たちが信三の家の中を片付ける場面があります。先ほども、長年使っていた物がゴミ扱いされてしまうというお話しがありましたが、流れ作業のようにどんどん物が捨てられていく様子には胸が痛みました。
「現地に行って驚いたのが、被災ゴミを分別していくんですけど、回収の締め切りが物凄く早いのと、その時に出さないと被災された方の自費になってしまうんです。本当はボランティアの方たちは、ゆっくりと話したいし交流したいけれども、締め切りに間に合わせないといけないから段取りになってしまう。
根岸季衣さん演じたボランティアセンターの方が実際にいるんですけど、その方はとても愛情深くて、被災者もボランティアの人もお互いがいい形で出会えるよう、縦割りの行政にならないように気を遣っていらっしゃるんですね。でもどんどん片付けていかないと追いつかない。
あとは、どうしても捨てるものをなかなか決められないそうです。ボランティアの方から聞いたのは、『ゴミ処理場まで連れて行ってください』と仰られた方がいて、クレーンで潰されていく箪笥をじっと見つめていたと。恐らく嫁入り道具の箪笥だと思うんですよね。そういった姿を見るのは辛いと仰られていました」
ーーーただでさえ、心に傷を負っているにも関わらず、身近にあったものが失われていくのは、想像をするだけで苦しくなります。
「色んな人の思い出や歴史がいっぺんに壊され、ゴミとなっていく。そうやって歴史は変えられていくんだけど、でもやっぱり人の想いがあるじゃないですか。その過去も全部忘れるなんてできないから、皆さん痛みをお持ちだし、それが関連死になってる可能性もあると思うんですよ。
『もういいか。自分の過去も何も残す物もないし、だったら自分も…』と生きる気力を失ってしまう。今後も色んなところで震災が起こると思いますが、その時にどうするのか。自分の悲劇を思い返すのではなく、人と新しく出会うことだったり、何かができるんじゃないかということを本作で伝えたいと思いました」
「お客さんに説明しなくても伝わる」
目指す表現の在り方
ーーー音楽も本当に素晴らしかったです。
「そう言っていただけると嬉しいです。今回2週間という短期間の中、僕の舞台でもお世話になっている田井モトヨシさんにお願いしたところ、チェロを使おうということになりました。内面的だけど、あまり説明しすぎてもいけないし、そのバランスをどうしようかというところで、幻想的に見えてしまうかもしれないけど、忠実さではなく客観性を大事にしました。
鹿賀さんには『こんなにセリフが少ないの?』と言われたくらい、実はほとんど喋ってないんですよ。お客さんに想像してもらうというところで、音楽も助けてくれたと感じています」
ーーー鹿賀丈史さんとはディスカッションをされましたか?
「鹿賀さんはあまりディスカッションをしない方なんです。今回鹿賀さんに出演をお願いする時に、『能登でこういう』の『こういう』という内容まで言っていないのに『出る!』と言ってくださって(笑)。
僕は舞台でも役の内面について話すんですけど、鹿賀さんは頷きながら聞いてくれて、一通り聞き終わると『分かった』と言い、それからやる芝居が凄いんですよ。本当に頭の中が柔軟で心の優しい方です」
ーーー普段は舞台の演出をされていますが、今回は映画の撮影をするにあたり、どんなことを意識されましたか?
「舞台だとどうしてもお客さんが遠くにいるので、声を大きくしたり、意図的にやらないといけないんですけど、かと言って大袈裟な芝居は大嫌いなんです。だからなるべく表現を削って表情にも出さずにやりたいと思いました。
その点、映画は本当に小さな声でも気持ちが入っていれば伝わるというのは素晴らしいし、やっぱり映画っていいなと思いましたね」
ーーー映画はセリフを吐かずとも伝わるものがありますよね。舞台を演出する際に、役者の芝居のどういったところを見ますか?
「お客さんにどう見せるかという芝居は絶対にしないで欲しいと、そればかり伝えています。“そこに存在するかどうか”。やっぱり物語に入り込ませて欲しいんですよ。それには徹底的にその役の内面を調べる。表には出ないバックボーンを作り込んだら、誰でも大名優になると思っているので、舞台を作る時もキャストにはずっと人物の歴史について話をします。
でもそうやってバックボーンを伝えると、ふっと舞台に登場した瞬間にその人物になっているんですね。それはお客さんに説明しなくても伝わるんです」
ーーー亞門さんは元々ダンサーをされていた経験もお持ちで、表面的に表現するのも得意だと思います。ただ、だからこそ内面的な部分を大事にしたいという想いがあるのでしょうか?
「ミュージカルなどは華やかで表面的にやると思われがちなんだけど、本当はそうじゃないんですよね。歌も張り上げたらみんなが拍手するような時代に変わってきちゃったけど、僕はそうではない部分でやりたい。時代遅れと言われようと、そこは大切にしていきたいなと思っています。
子供の頃から舞台が好きだったので、よくお袋と観劇しに行っていたんですけど、お袋がいつも『これが本物よ』というところは演者が佇んでいるだけなんです。『これが本当の名セリフよ』と言うところは、何を言っているのか聞こえないくらいなんだけど、いつの間にか心の奥にその言葉が入っている。
だから今回で言うと、信三のセリフで『まだ頑張らんといかんのか…』というところは、聞こえるか聞こえないかの本当に小さい声で、ため息交じりでポロっと出すだけにしてくださいとお願いしました。僕はそういう表現が好きですね」
ーーー最後に、本作をこれから観る方にメッセージをお願いします。
「やっぱり能登のことを忘れないで欲しいです。少しでも能登のことを知りたいと思う方には是非観ていただきたいですし、人間の奥深さを感じていただけるのではないかと思います。そして明日にはきっと未来があると思ってもらえたら嬉しいです」
(取材・文:福田桃奈)
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【了】