映画『国宝』を観た人が“想像以上”と絶賛するワケ。吉沢亮、横浜流星に共通する「役者声」の魅力とは? 考察&評価レビュー【ネタバレ】

text by 田中稲

吉田修一の同名小説を原作に、歌舞伎の世界に生きる男たちの50年にわたる栄光と狂気を描き出す衝撃作。今回は、主演・吉沢亮が魅せる圧巻の演技、横浜流星が纏うわずかな違和感に注目しながら、「すごいものを見た」と大絶賛される本作の魅力を紐解いていく。(文・田中稲)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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『国宝』が期待以上と言われるワケ

映画『国宝』
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会

「すごいものを見た」という感想がとにかく多い、映画『国宝』。SNSでも、かつてこれだけ同じ映画の感想が続けて上がってきただろうかというほどに「国宝」「国宝」! これは行かねばなるまいとTOHOシネマに駆け込んだが、ほぼ満席。しかも約3時間という長い上映時間を考えてか、多くの方が大きめのポップコーンと大きめのドリンクを買っておられる。

 このご時世、映画館を連日満席にするとは…。そんなにすごいの「国宝」?

 感想を先に言うと、本当にすごかった。お笑い芸人で小説家の又吉直樹さんがこの映画について「別に自分が映画に関係しているわけじゃないのに、落ち込むみたいな。表現として『食らっちゃった』みたいな」と語っているニュースを読んだが、なるほど、わかる。私はあまりにも重く強火の熱量を食らい、怖くなった。

吉沢亮が体現する“芸に取り憑かれた者”の美しさと狂気

(左から)横浜流星、吉沢亮【写真:映画チャンネル編集部】
(左から)横浜流星、吉沢亮【写真:映画チャンネル編集部】

 あらすじは、任侠の一門に生まれた喜久雄(吉沢亮)が父親を亡くし、女形としての才能を見出され上方歌舞伎の名門の当主・花井半次郎(渡辺謙)の家に引取られる。彼はやがて、その家の御曹司・大垣俊介(横浜流星)と切磋琢磨していくが、あるきっかけで歯車が狂いだす…というものだ。世襲制の歌舞伎ならではの、波乱万丈の50年間が描かれる。

「その才能は、血筋を凌駕する――」というキャッチコピーにあるように、「血に守られた」半次郎の嫡男・俊介と、「血は受け継いでいないが才能がある」喜久雄、2人が運命に翻弄されるストーリーがまず怖い。歌舞伎というのは、こんな残酷な世界なのかと引くほど怖い!

 しかし、なにより、この映画のすごいところは、芸に取り憑かれた人が、一線を超えたときに見る風景、感じる興奮を、疑似体験できるところだろう。その美しさと静けさに鳥肌が立つ。喜久雄を演じる吉沢亮が、そのゾーンに入った姿を全身全霊で伝えてくる。いや、彼自身、向こう側に行ってしまっている! 『国宝』の撮影時、吉沢亮の魂はきっと映画のなかに吸い込まれてしまっていた。そう思うほど、妖気が出ていた。

「悪魔と取引したんや」という喜久雄のセリフに、ゾッとするような信ぴょう性が出るほどに。

横浜流星がまとう“わずかな違和感”

(左から)横浜流星、渡辺謙【写真:映画チャンネル編集部】
(左から)横浜流星、渡辺謙【写真:映画チャンネル編集部】

 俊介を演じる横浜流星も怖かった。横浜流星は、役に少しでも素の自分の匂いが残らないよう、徹底的に消してかかるイメージがある。過酷な現場ほど嬉々として臨むイメージもある。いわば、完璧主義の職人体質。

 今回の俊介役もやってくれた。微妙に、本当に微妙にダサいのだ。スマートなのだがどこかチグハグ。あまり似合わない髪型、似合わないセーター。将来を約束された歌舞伎役者の嫡男で、才能もあり、愛嬌もあり、遊び方も知っている。なのに何か、どこかがもたついている。

 そもそも、横浜流星演じる俊介は最初から疲れていた。強気のなかに微量に混じる「精神疲労」みたいなもの。人間離れしたポテンシャルで、芸のために怪物(悪魔)になろうとする喜久雄の横で、笑顔を見せながらうなだれる。アスリート体質の彼が見せた、前半の抑えに抑えた演技は、本当に怖かった。胸の奥が痒くなるような感情の寸止め!

 大御所たちも怖い。2人の運命を変えた花井半次郎役の渡辺謙は、悪魔の取引に失敗したような、えげつないほどの無様さを見せてくれる。

 そして人間国宝・小野川万菊役の田中泯。もう、本当に人間国宝になる日も近いのではと思うほどの名演、いや、怪演であった。足さばきひとつで「ああ、この人は国宝なのだ」と思わせる説得力。お白粉が埋まった皺だらけの顔だけで、美に囚われた過酷な万菊の人生を物語るのだ。彼がこの映画の大きな柱であることは間違いない。

歌舞伎役者の目線で見る舞台の緊張感

(左から)吉沢亮、横浜流星、渡辺謙【写真:映画チャンネル編集部】
(左から)吉沢亮、横浜流星、渡辺謙【写真:映画チャンネル編集部】

 歌舞伎シーンの緊張感も、震えるほどこちらに伝わってくる。吉沢亮、横浜流星の女形はあでやかだが、見ごたえがあるのはむしろ、彼らの背中から客席を映したシーン。いわゆる喜久雄と俊介目線のカメラワークだ。

 着物の早替えや小道具の設置など、舞台は想像以上に多くの人たちに支えられていると知る。2人の舞の小さな仕草の隙に、後ろに控える人たちが、着物の仕掛けの紐を取り、準備をしていく。準備ができた合図の「ハッ」という小さな掛け声。次の瞬間に、着物の色が艶やかに変わる!

 呼吸をするのを忘れてしまう。きらびやかな演目の裏の、あまりにも緻密な仕掛け(誰かが手順を間違えればアウト)という世界。私が演じているわけではないのに、喜久雄や俊介、舞台にいる後見たちの気持ちになり、大スクリーンに映し出される大勢の観客の視線が突き刺さる。美しいが、怖い!

 しかし改めて思ったのが、吉沢亮も、横浜流星も素晴らしい「役者声」ということである。2人とも少し鼻にかかった高めの声で、滑舌がいい。歌舞伎のシーンがここまで説得力を持ったのは、きっと2人の声も関係しているのではないだろうか。

『国宝』を見ると『ババンババンバンバンパイア』が見たくなる理由

(左から)横浜流星、吉沢亮、渡辺謙【写真:映画チャンネル編集部】
(左から)横浜流星、吉沢亮、渡辺謙【写真:映画チャンネル編集部】

 究極の芸を身につけた人がゾーンに入った時、どうなるのか。万雷の拍手のあとに訪れる、身を切るような静けさ。最後の最後に残るのは、とんでもない孤独なのかもしれない、と思う。

 そんな喜久雄の壮絶な運命を完璧に演じた吉沢亮。憑依したというより、もはや「役に魂を浸食された」くらいの鬼気迫る演技だった。役者としては素晴らしい体験だったろうが、同じくらい怖かったに違いない。予告にもある「幕が上がる思たら、震えが止まらんねん」と泣きじゃくるシーンは、もう芝居に見えなかった。

「ゾーンに入る怖さ」「何かを極め、何かを失う」ことを、観ている側も体感できる3時間。映像化は不可能といわれた吉田修一の原作を、小説刊行から構想6年で形にした監督の李相日監督の執念が一番怖いかもしれない。

 東映MOVIEチャンネル「『国宝』公開記念特番【大ヒット上映中】」 のインタビューで、半次郎の妻・幸子を演じた寺島しのぶが、「(李監督は)いっぱい撮る! (中略)リングサイドからタオル投げてやろうかと思いましたよ」高畑充希が「吉沢亮さんと横浜流星さんが血反吐を吐いて努力して」と独特の表現で語っていることからも、現場はとてつもなくハードだったことがうかがえる。

 映画完成報告会の時の吉沢亮は、透き通るようにきれいで、どこかまだ、違う世界にいる人のようだった。そろそろ、こちら側に戻ってこられただろうか……。

 そんな風に勝手に心配していたが、『国宝』より少し遅れ、7月4日から公開された『ババンババンバンバンパイア』のPRで、バラエティで元気なお姿をお見かけし、ホッとした。『国宝』の喜久雄の重さの反動で、軽い冗談を言う吉沢亮を見るだけで泣くほど嬉しい。ああ、ライトな吉沢亮を猛烈に欲している。『ババンババンバンバンパイア』、観に行きます!

【作品概要】

『国宝』 6月6日(金)全国東宝系にて公開中
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会

原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督:李相日
出演:吉沢亮
横浜流星/高畑充希 寺島しのぶ
森七菜 三浦貴大 見上愛 黒川想矢 越山敬達
永瀬正敏
嶋田久作 宮澤エマ 中村鴈治郎/田中泯
渡辺謙

【著者プロフィール:田中稲】

ライター。アイドル、昭和歌謡、JPOP、ドラマ、世代研究を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」を連載中。「文春オンライン」「8760bypostseven」「東洋経済オンライン」ほかネットメディアへの寄稿多数。

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【了】

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