永野「褒められるたびに孤独と虚無が押し寄せてきた」監督作『MAD MASK』を“自分自身へのリベンジ”と語るワケ。ロングインタビュー

text by ZAKKY

芸人として独自のポジションを築きながら、映画やYouTubeといった新たな表現の場に挑戦し続けている永野さん。監督を務めた映画『MAD MASK』は、原案を務めた『MANRIKI』の不完全燃焼を経て生まれたリベンジ作である。映画監督・永野の現在地についてたっぷりとお話を伺った。(取材・文:ZAKKY)

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海外映画祭での衝撃──「もっと振り切れ」

永野 写真:Wakaco
永野 写真:Wakaco

―――2022年の「映画チャンネル」初登場から3年ぶりの出演です。

永野「あのときが一番調子悪かったですね(笑)。2023〜2024年くらいから仕事が増え出して、あの頃は今のキャラクターもまだ知られていなかったですし」

―――映画『MAD MASK』の着想の原点は?

永野「2019年に僕が原案と共同脚本を務め、出演もした『MANRIKI』っていう映画がありまして。作っている時は楽しかったですし、周囲からは『エグいね』とか『攻めてるね』とか言われたりして、満更でもなかったんです。で、アメリカの映画祭に応募したんですけど結果は落選。その時に丁寧にコメントをもらって、「もっと振り切ってほしかった」と言われたんです。そう言われると、確かに『MANRIKI』は一定のクオリティに達した作品ではあると思うんですけど、色んな人が関わることで、「好きだから映画を作りたい」という衝動が薄まってしまったところがあって。着地点を探るようなところがあったなと」

―――日本と海外とでは反応が真逆だったんですね。

「パリの映画祭にも出品させてもらったんですけど、まあ反応が悪かったんですよ(笑)。こっちとしては観客を挑発するじゃないですけど、観ていて怒りたくなるような映画を作ったつもりなのに、お客さんが寛容なのか、スッと受け取られて。普通なら怒ってもいいんじゃないかってぐらいウケてないのに、上映後は僕たちに拍手までしてくれて。日本の半径数メートル以内では『エグい』と言われても、アメリカやフランスでは『こんなんじゃ足りない』と。その経験はめちゃくちゃ強烈でしたね」

―――今までは半径2メートル以内の日本的な反応に囚われていたと。

永野「その後、世間はコロナ禍に突入して。ある時『MANRIKI』のブルーレイに収録するコメンタリーをリモートで録ることになったんです。作ってからまだ1年くらいしか経ってないのに、「そういえば『MANRIKI』撮ったね」、『楽しかったね』って、みんな先に進んでいて、完全に思い出話になっていたんですよ。その時に『う〜ん』と思って。

で、それが一段落した頃にYouTubeを始めたんです。カルチャーについて話していたら、意外とチャンネル登録者が増えてきて。でも、もともとはそういう語りじゃなくて、コントみたいなことがやりたかったんです。いまは独立してやっていますけど、人から『これ、コントじゃないよね』って言われたりもして。だから、あえて『永野ショートムービーCHANNEL』って名前にしたんです。コントを期待しすぎないでほしい、っていう意味も込めて」

―――そうだったんですね。この辺りから永野さんは精力的にYouTubeに取り組み始めた印象です。

「そうですね。その後、2021年に山形国際ムービーフェスティバルに関わる機会があったんですよ。そこで、『永野CHANNEL』で制作したコントの総集編を上映していただいたんです。同じ日にカンヌ受賞作の『ドライブ・マイ・カー』も上映されたんですけど(笑)。お客さんのリアクションが良くて。『MAD MASK』の共同監督の新井勝也さんはそれでまた映画を作りたいという気持ちに火がついたみたいです。一方で僕は『MANRIKI』の不完全燃焼を払拭したいという気持ちがあって。それが『MAD MASK』が生まれるまでの経緯ですね」

ジャッキー・チェンとの重なり──リベンジに挑んだ『MADMASK』

永野 写真:Wakaco
永野 写真:Wakaco

―――『MAD MASK』は『MANRIKI』のリベンジという側面があるのですね。

永野「完全にそうです。無意識のうちにですが、プロットも似ていて、人を殺した男が追われるという構造も同じ。それはともかく、リベンジという点で僕の中では、ある時期のジャッキー・チェンと重なるんですよ。ジャッキーのハリウッド進出2作目がジェームズ・グリッケンハウス監督の『プロテクター』(1985)。子供の頃、あれ見てトラウマだったんですよ」

―――『プロテクター』、私も小学生の頃、観に行きました。

「併映がサントリー製作のアニメ映画『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』だったんですよね。主題歌は松田聖子の「SWEET MEMORIES」。だけど、正直どっちもあまり面白くなかった(笑)。で、さらに皮肉なのが『プロテクター』のキャッチコピー。『こんなジャッキー誰も知らない』って…。いや、知らなくてよかったよ!って話なんですよ。あれは衝撃でしたね。

我々世代にとって、ジャッキー・チェンといえば、上半身裸で拳法をバリバリやる、あのヒーロー像に思い入れがあるわけですよ。『プロジェクトA』(1983)とか『スパルタンX』(1984)の頃は本当に幸せだった。だけど、そのイメージが『プロテクター』で完全に壊されてしまった。

でも、そこからジャッキーが意地を見せて、リベンジの意味も込めて作ったのが『ポリス・ストーリー』(1985)なんですよね。今見返すと、あれはもう大傑作。でも、当時子どもだった僕らにとっては、ギャグ要素が少なすぎて、ちょっと物足りなかったっていう印象もある。

だから、正直なところ、当時は『プロジェクトA』の方がずっと面白かった。もちろん、今になって見れば『ポリス・ストーリー』のすごさもちゃんと分かるし、『これ、やばい映画だな…』って実感できるんですけど。

で、ちょっと話が飛びますけど、『MAD MASK』もある意味で同じ空気を持ってるかもしれないなって、今ふと思って。ラッセンの頃のノリを期待してた人には、ちょっと重めというかハードに映ったのかも。でも、それってある種、『プロテクター』のリベンジに挑んだジャッキーみたいなもので」

―――『MAD MASK』は永野さんにとっての『ポリス・ストーリー』だったんですね。

「自分自身へのリベンジでもあるし、ジャッキーが“俺はこれだ!”って証明した作品でもありましたよね。僕個人の話に戻りますけど、去年配信をきっかけに露出が増えて、毒舌スタイルがウケて、そこを面白がってもらえたんですけど、正直、自分としてはそこまで嬉しいわけじゃないというか。僕は、あくまで“自分が作ったもの”で評価されたいんですよね。世間から“ご意見番タレント”みたいに持ち上げられても、あまりピンとこないし、嬉しいっていう感じでもなくて。とはいえ、宣伝になったのは確かだし、今だからこそ“俺はこういうものもやるぜ”って打ち出すチャンスだったとも思ってます。ただ、やっぱり“本当に見てほしい部分”とはちょっと違うところで評価されてるな、っていう実感はすごくありましたね」

悪口に込めた本音

永野 写真:Wakaco
永野 写真:Wakaco

―――先ほど「ギャグが少ない」とおっしゃっていましたけど、とはいえ笑えるシーンもたくさんありますよね。個人的に一番好きだったのが、圧力団体に対して文句を言うシーンでした。

永野「あれ、よかったですか! 実はあのシーン、2023年の12月後半に撮ったんですよ。3日間の撮影の初日で、最初に撮ったのがアイナ・ジ・エンドとの出会いのシーン。それが終わって、あの圧力団体のシーンを撮ったんです。で、その3日間の後に鬼越トマホークのYouTubeに出演したんですけど、その動画がめちゃくちゃバズったんです。それでめちゃくちゃ仕事が増えたんですけど、悪口を言い過ぎて事務所には思いっきり怒られました(笑)。

なんであんなに異様なテンションだったのかっていうと、たった3日間だけど『MAD MASK』の撮影で異世界にいた感覚があって。撮影が千葉の木更津の田舎で。そこから東京に戻って翌日収録だったから、なんか浮世に戻ってきたみたいな、不思議な感じだったんですよ。テンションがめちゃくちゃ高まって、好き放題言ってたら、それがウケたと同時にメチャクチャ怒られた(笑)。でも、そこから流れが一気に変わったというか、“毒舌キャラ”として知られるようになったのはその時期からですね。

だからあの圧力団体に言うシーンも、現場ではめちゃくちゃ本音で言ってたと思います。たとえば、あの『お前ら専門学校なんだろ?』ってセリフ、あれ完全にその場で言ったやつですね(笑)。専門学校をめちゃくちゃディスって」

―――しかも、永野さんご自身が専門学校出身だという(笑)。

永野「そうなんですよ! しかもお笑い養成所でもなく、ビジネス系の専門学校(笑)。親の仕送りで通ってたっていう、一番ダサいやつ。だからこそああいうこと言えるんですよね」

北野武・タランティーノの影響──“死にかけ”が放つリアル

永野 写真:Wakaco
永野 写真:Wakaco

―――今回の映画では、永野さんご自身の無意識がにじみ出ている部分が多くて、そこがすごく面白いと感じました。特に、主人公がずっと“死にたがっている”という点は、北野武さんの初期作品を彷彿とさせました。ルックこそ違いますが、物語の構造には共通点があるように思います。

永野「ああ、それ、めっちゃうれしいです。僕、武さんの初期の映画、本当に大好きなんですよ。勉強不足で全部は追えていないんですけど。『アウトレイジ』(2010)とかももちろん面白いけど、やっぱり初期もすごく好き。今言われて、“ああ、確かに”って思いました。たしかに死にたい気持ちを内包しながらも、なんか暴発しそうな空気とか、近いですよね。無意識に影響を受けている部分があるかもしれないって、今気づかされました」

―――他の映画からの影響という点では、『悪魔のいけにえ』(1974)はもちろん、クエンティン・タランティーノの作品にも、仮死状態というか「死にかけのキャラクター」がよく登場しますよね。

永野「そうですね。たとえば、タランティーノが脚本を書いた『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994)にも影響を受けてると思いますし、あとウィリアム・フリードキンの『L.A.大捜査線/狼たちの街』(1985)みたいな空気感も、自分の中にはあるかもしれないです。

僕自身、別に“死にたい”とかって感覚はないんですけど、たとえば収録の終わりで、共演者と“ありがとうございました!”ってハグしたり、“今後ともよろしくお願いします!”ってやり合ってると、その場でもう何も言えなくなる。どこか“これが最後でもいいかな”みたいな気持ちで臨んでる自分がいる。

それって、ある種の“覚悟”というか、“燃え尽きてもいい”みたいな精神状態で、そういう感覚が作品にもにじみ出てるのかもしれないですね。

実際、現場で空気が気まずくなったこともありますし、ちょっと突っ込んだ発言しちゃって後悔したりもする(笑)。でも、今の自分のテンションってそういうところにあるんですよ。そういう生々しさが、この映画にも出てるんじゃないかなと思います」

―――ご出演されている番組を観ていても、命がけでやっている、といった印象を受けます。

永野「今、話しながら思い出したんですけど、“再ブレイクしましたね”って言われることも多いんですけど、正直それを聞いても、日常の幸せがちょっと欠落してるというか…。なんかちゃんと“そこ”にいない感覚があるんですよね。昨年は特に、周囲から賞賛されればされるほど、自分の中での揺り戻しがすごくて。褒められるたびに、逆に孤独とか虚無が押し寄せてきたというか」

―――とはいえ、転んでもタダでは起きないと言いますか、たとえバッドな精神状態に見舞われても、負の感情を自身ならではの表現に昇華するところに永野さんの凄さを感じます。そういう時、感情を分析してメモしたりするのでしょうか?

「そうですね。ただ分析というよりかは、もっと幼稚な言葉で、“クソ”とか、“なんで俺ばっかり…”とか、そういう叫びに近い感じ。すごく鬱っぽくなっていた時期に、電車の中でバーッと浮かんだ言葉をメモって。で、そのメモが、あの“圧力団体”から一旦逃れた時の独り言のシーンのセリフにつながってるんですよね。実はあのへんは、結構リアルな精神状態から来ているギャグなんです。自分がどん底にいる時に、その状態を俯瞰でキャッチして、言葉に残しておいた。その蓄積が今回の脚本に生きたという面はあると思います」

次回作への展望──“明るさ”に潜む不気味さを求めて

永野 写真:Wakaco
永野 写真:Wakaco

―――編集もとても面白いと思いました。すべてのやりとりが、ちょっとワンテンポ長めじゃないですか? 見ながらご自身でツッコミを入れつつ、編集されているのでしょうか?

永野「ありがとうございます。そうなんですよね。あの“変な間”が好きで、あえてそうしているところはあります。たとえ『編集が下手だ』って言われたとしても、自分ではちゃんとわかってやってるんです。むしろ、“下手さ”も含めて狙ってるというか。映画って本来“生もの”だと思うんですよ。

最近は何でもCGで作れてしまうけど、それが逆につまらなく感じてしまって。例えば血の表現にしても、VFXでいくらでもリアルに見せられるけど、僕はむしろ作り物感のある方が好き。『MAD MASK』でも、顔が潰されたときに変な液体が垂れてくるシーンがあるんですけど、あれもCGじゃなくて手作りでやってるんです。CGだと“想定通り”に綺麗に垂れてくれるんだけど、だからこそ面白くない。眠くなっちゃうんですよね、予想がつくと。

たとえば昔の映画『ジョーズ』って、どう動いてるのかよくわからなくて、その“わからなさ”が怖さや面白さになってる。逆に最近の『ジュラシック・ワールド』みたいなCGバリバリの映画は、面白いけど怖くはないんですよね。

だから自分が映画を作るときも、“間”とか“余白”みたいなものをすごく大事にしていて。テンポが悪いとか、長いとか、ダラダラしてるって言われるかもしれないけど、むしろその“だるさ”の中にゾクッとくる瞬間があると思ってるんです。そういう映画が昔から好きなんですよ。だから、今回もその空気感を目指しました」

―――ファンとしては映画監督・永野の次回作も気になるところです。

「つい先日、出演してくださったギターウルフのセイジさんに感謝を伝えたところ『ありがとう』ってLINEが来てて、『すさまじかった』って『MAD MASK』の感想をくれたんです。で、これ、ちょっとネタバレになるかもしれないけど、自分としてはセイジさんとのやり取りをヒントに『次は超明るい映画を撮ろう』ってその時に思いまして。それから少し時間が経って“明るさ”の中にある“気持ち悪さ”とか、そういうのに今はすごく興味があるんですよ。だから次は明るさと暗さが上手くブレンドされた映画に挑戦してみたい。…とはいえ、狙ってない不気味さがどこかに残ってしまうかもしれないですけどね(笑)」

(取材・文:ZAKKY)

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