人は歴史を繰り返す…? 横浜流星”蔦重”が本当に仇討ちした「相手」とは? NHK大河『べらぼう』考察&感想【ネタバレ】

text by 田中稲

横浜流星主演の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合)が放送中だ。貸本屋からはじまり「江戸のメディア王」にまで成り上がった“蔦重”こと蔦屋重三郎の波乱万丈の生涯を描く本作。今回は、第29話までのお話を史実も交えつつ、多角的な視点で振り返る。(文・田中稲)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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さらば意知! 麗しい後継ぎを宮沢氷魚が好演

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第22話 ©NHK
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第22話 ©NHK

 日本橋に進出した耕書堂の活躍、蝦夷の上知、深刻な米不足――。大河ドラマ『べらぼう』26話から29話の軸になったのは、食糧不足と田沼意知(宮沢氷魚)の暗殺、世間の混乱と情報の混乱だ。
 
 もはや気風の良さだけでは乗り切れない江戸の窮地に、蔦屋重三郎(横浜流星)とクリエイターズはどう立ち向かうのか。

 26話から29話の影の主役は、田沼意次(渡辺謙)の嫡男、田沼意知。品があり、周りもよく見ている!

 意次のような野心はあるがデリカシーのないギラギラタイプから、よくぞこんな思慮深い息子が育ったと唸りたくなるほど。これを宮沢氷魚が、持ち前の透明感を最大限に生かして演じている。

 だからこそ怖かった、旗本・佐野政言に斬られる回がくることを…!佐野を演じる矢本悠馬がまた、「この人が悪人ならだれを信じればいいのか」と思うほど、性格の良さがにじみ出た方である。

 この2人がなんでこんな悲しい末路を辿らねばならぬのか。時代のせいもあるけれど、大半は田沼意次のせいである。

 意知が佐野政言から預かった系図を池にドボンしたり、佐野が送った桜の木を「いらねー」と寺に寄付したり。田沼意次が、第28話「佐野世直し大明神」で蔦重に、「(意知の)仇は俺だ。あやつは俺のせいで斬られたんだ」というシーンがあったが、マジでアンタのせいだよとツッコんだ人は多かっただろう。

 意知が長生きした世界線を見たくなるほど、宮沢氷魚は素晴らしい演技を見せてくれた。映画『エゴイスト』(2023)で、とてつもない将来性を感じてはいた。数年前までは、「島唄」を歌っているTHE BOOMの宮沢和史さんのご子息、というイメージだったが、2世の七光りイメージはきれいさっぱりなくなった。それどころか、宮沢和史さんが「これ、俺の息子なんですわ」と自慢する微笑ましいシーンまで勝手に想像できるくらいである。

 あの、どんな環境にいても何一つ汚れなさそうな存在感は唯一無二。現代風のたたずまいながら、ここまでヅラと侍言葉がジャストフィットするとは。今後も時代劇での活躍が期待大である。

生田斗真は「美しすぎるサイコパス」枠?

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第28話 ©NHK
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第28話 ©NHK

 愛息・意知が殺され、田沼意次は天に見放されるかの如く、凋落していく。その、地獄の案内人の如く、巧妙に不運を仕掛けていく黒幕が、生田斗真演じる一橋治済である。

 生田斗真は、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の源仲章役もぶっ飛んでおられた。すっかりサイコパスが当たり役となってきているが、彼の「悪と善のふり幅」は唯一無二。

 ヅラを被りデコを全開にすると、美しすぎる顔立ちが怖さに変わるのだ。どの角度から見ても隙のない造形。そこに、退屈そうな表情がべっとりと乗ったとたん、危険な思考停止臭が溢れ出る。彼にかかると「薄っぺらさ」が意味を持つ。頑張れない物足りなさ、虚しさが狂気に変わる。

 すっかり忘れていたが、生田と鶴屋喜衛門役の風間俊介とは、ジュニア時代、「FOUR TOPS」というユニットで活動していた仲である。2人が今、同じ江戸に生きていると思うと胸が熱くなる。

謎が多い一橋治済
男女逆転『大奥』では仲間由紀恵が怪演!

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第20話 ©NHK
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第20話 ©NHK

 不気味に田沼派を追い詰めていく一橋治済だが、史実では、あまり資料が残っていないらしい。

 幕政に深く関与するも、めぼしい業績はない。そして贅沢三昧。つまり、自分に害が及ばぬよう、常に誰かを人身御供にし、陰でのらりくらりとおいしいところだけ取っていったヤバイ奴、という見方ができ、サイコパス説が出たのだろう。

『べらぼう』と同じ時代を描いた、男女逆転『大奥』(NHK総合、2023)でも、田沼意次と一橋治済はキーパーソンとして登場。田沼意次を松下奈緒が、一橋治済は仲間由紀恵がゾッとするような怪演を見せている。退屈しのぎに人を殺す治済は、『べらぼう』と通ずるところが多い。

『大奥』の原作者であるよしながふみは、「よしながふみ 『大奥』を旅する」(別冊太陽/平凡社)の特別インタビューで、治済のキャラクター設定について「何の志もない、ただただ恐ろしい人にしてみました」とし、「退屈だからと人を殺しちゃう、そこには理屈はないんです。でも、その分、楽しいことも少なくて、物を読んで感動することもないし、心を動かされることもない」と語っている。

 心を動かされない歪み――。『大奥』は、『べらぼう』と同じく森下佳子が脚本を担当しているので、パラレルワールドの感覚で見直してみると面白いだろう。

針のムシロ!?
同業者だらけの小説批評会

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第29話 ©NHK
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第29話 ©NHK

 そして、第29回「江戸生蔦屋仇討」。愛する意知を殺された誰袖(福原遥)は心を病み、笑顔を失くし、藁人形で呪い続けることに。そこで蔦重は、本で「仇を討つ」ことに決める。

 白羽の矢が立ったのは、山東京伝。演じるのは古川雄大。男女逆転『大奥』で、超健気な瀧山様を演じた方ではないか!

 瀧山も色っぽかったが、京伝役もめっぽう色っぽい。遊ぶのが上手で粋。責任を終いたくないという意思伝達も「色男なんで、重いものは担げねんでさ」というナルシストな逃げ文句に変換してしまう。自信家だけど、仕草の端々に、その倍、繊細で努力家な性格が出ているのは、古川のしなやかさがあってこそだ。

 だからこそ余計、彼が書いた作品を、大田南畝(桐谷健太)、恋川春町(岡本天音)、朋誠堂喜三二(尾美としのり)といった戯作者仲間で評価し合うシーンはきつい! 

 同業者に、叩き台を読まれるなんて。みんなの前で「どこが面白いかわからない」と言われるなんて。「全部書き直してください」と言われるなんてーッ! わが身に置き換えたら、呼吸が苦しくなるほど地獄…。

山東京伝と恋川春町の友情がアツい!

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第22話 ©NHK
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第22話 ©NHK

 しかし、創作の大変さを理解し、励まし合えるのも、やはり同業者。すっかりへそを曲げた京伝に、恋川春町が説得にあたる。
 
 春町が京伝の部屋にある大量の資料と書き直しを発見。

「見栄を張るな、俺はお前の仲間だ、机にかじり付き、人から見たらどうでもいい些末なことに迷い唸り、夜を明かす手合いだろう」

 泣けるわ、山東京伝と恋川春町、不器用同士の友情…! 春町が京伝に嫉妬し、筆が止まったことが、逆に自己解放のきっかけになった第22回「小生、酒上不埒にて」のアンサーストーリーのようだった。硬派と軟派、コミュニケーションスタイルは逆の2人だが、根は似た者同士。本来の自分に戻るのに互いに必要な存在なのだ。これからもズッ友でいてほしい!

 この蔦重クリエイターズの連携に、いつの間にか最強の相談相手になっていた地本問屋・鶴屋喜衛門も加わり、蔦重と京伝は「江戸生艶気樺焼」を大ヒットさせる。新たなブームを起こすことで、それまでの「佐野大明神」という謎のブームを上書きし、消し去ったわけである。

 彼らは、気の毒な旗本・佐野政言ではなく、〝根拠のない情報〟に対して、仇を討ったのだろう。

 ペンは刀よりも強し。米不足といい、無責任な嘘が真実となり世の中を変えてしまう動きといい、まさに、現代と重なり過ぎる『べらぼう』。

 人の歴史は、同じ繰り返しをしているのかも?

【著者プロフィール:田中稲】

ライター。アイドル、昭和歌謡、JPOP、ドラマ、世代研究を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」を連載中。「文春オンライン」「8760bypostseven」「東洋経済オンライン」ほかネットメディアへの寄稿多数。

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【了】

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