背景だけで金取れる…『鬼滅の刃 無限城編』映像の“桁外れのスゴさ”をプロ目線で徹底解説。光・美術・撮影、何が違う?

text by 中川真知子

2016年から2020年まで連載され、社会現象となった漫画『鬼滅の刃』。7月18日に公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』は、10日で90万人を動員するなど、再び大きな注目を集めている。そこで今回はアニメ制作に携わっていたライターが本作の魅力を解説。本作に込められたクリエイターたちの覚悟と熱量を語る。(文・中川真知子)

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不可能を可能にした作品

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 巨大なスクリーンに絵が映し出された瞬間から、筆者は感動のあまり口を半開きにしていた。息が止まりそうになるほど、圧倒された。

 画面に映っていたのは、現在公開中の『劇場版 鬼滅の刃 無限城編』だ。

 鑑賞から2週間が過ぎた今でも、筆者は会う人全員に「絶対に観たほうがいい」と言い続けている。あれは単なるアニメ映画ではない。クリエイターの狂気が具現化された映像作品だった。

 筆者はかつて、アニメ制作会社で制作進行として働いていた。作品のスケジュール管理や進捗トラッキング、チェックバックの管理、素材管理などを担うポジションで、立ち上がりから納品までの全工程に関与する役割だ。

 もう10年以上前の経験なので、当時の知識をもとに今の現場を語ることはできない。とはいえ、アニメ制作における基礎的な工程や、ハイクオリティな絵作りに求められる技術的課題については、今もある程度の理解があるつもりだ。

 そんな筆者の目に『無限城編』は、「不可能を可能にした作品」として映った。

「主役級の背景」無限城の秘密

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 本作の舞台は「無限城」という巨大な構造物。建物全体が生き物のように動き、自由自在に変形する。3DCGで構築されているが、そのスケール感とギミックの多さには目を見張った。一体何人が関わったのか、どれほどのアセット(素材データ)を管理したのか、想像するだけで気が遠くなる。

 無限城は、TVアニメ『竈門炭治郎 立志編』第26話「新たなる任務」で初登場している。そのときの制作エピソードは、Autodesk社が運営するメディア「AREA JAPAN」のインタビューにも紹介されており、モデリングは建築に詳しい若手スタッフが担当したという。

 しかし劇場版では、その無限城を再利用するのではなく、スケールも密度も別次元のものとして、ゼロから作り直したそうだ。遠景、近景、俯瞰などさまざまな角度から映される中で、建築構造としても映像空間としても破綻のない「主役級の背景」として存在している。

 しかもこの無限城、物理法則を無視したように不規則に動く。その空間でキャラクターたちが激しく戦い、3Dカメラが自在に回り込む。にもかかわらず、観客が混乱せず、キャラの位置関係が明確に把握できるのは、空間設計とカメラワークに明確な意図があるからだ。

 このようなカットが、全体の30%以上を占めているという。2時間半に及ぶ本作は、総カット数が2000を超えるが、そのうち680カットが3Dカメラワークを必要とする複雑な構成だった。

 通常であれば、こうしたシーンではまず空間を3Dで作り、そこにカメラを設置する。しかし本作では、アニメーターが先に空間を作り、それに合わせて3Dチームがカメラを設計するという、通常とは逆のアプローチが採られたケースもあったという。

 つまり、状況に応じて柔軟にワークフローを組み替える臨機応変さと、それを受け止められるだけの制作体制があるということだ。この大胆な制作プロセスそのものが、完成した映像のかっこよさを支えている。

神がかったアクションシーン

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 本作でufotableが描くアクションシーンは、過去作からさらに進化し、“神がかった”域に達していた。どのシーンが特にすごかったかを挙げようにも、全シーンのレベルが高すぎて甲乙つけがたい。

 この異常なクオリティの背景には、アクション作画チームを4チーム編成し、スタジオ屈指のアニメーターをリーダーに据えて臨んだことがある。動きの基礎をリーダーが組み立てることで、チーム間でアクションにバラつきが出ることなく、溜め・詰め・キレのある動きが全編にわたって貫かれている。

 また、このチーム体制には人材育成の意味もある。リーダーの描く線から学び、若手が現場で技術を磨く。育成と実践を同時に行う、まさに“走りながら高みに登る”現場だ。もちろん、腕の良いアニメーターだけで神作が生まれるわけではない。監督や作画監督との密なやりとり、細かなチェック体制、部署間の連携の良さなど、組織全体のシンクロこそが作品の質を底上げしている。

 ufotableには、作画・CG・美術・仕上げ・撮影など、映像制作のすべての部署が社内に揃っており、全員が基本的に常駐している。そのため、チェックや修正のタイムラグが最小限に抑えられ、すぐに相談・改善ができる体制がある。

 制作進行も、外部からアセットを確認できる独自ツールを開発し、アーティストの手を止めることなく進捗管理ができるようにしたという。この徹底した無駄の排除と作業効率の最適化が、骨太のアクションシーンの裏側にある。そして、その情熱と、プロフェッショナルを超えた執念のような熱量が、観客の心を打つのだ。

『鬼滅の刃』というIPの力を信じる

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 本作を観てもう一つ感動したのは、スタッフ全員が『鬼滅の刃』というIP(知的財産)の価値を深く信じていることだった。

 原作漫画が完結したのは2020年。社会現象になるほどのブームを巻き起こしたが、人々の関心は徐々に他作品へと移っていった。

『無限城編』の制作が始まったのは、『無限列車編』の公開中、まさに鬼滅フィーバーがピークだった頃だ。劇場版を3部構成で、1年〜2年ごとに公開するという方針は、言ってしまえば10年スパンでファンの興味を維持し続けるという挑戦である。

 2021年には『無限列車編(TV版)』が放送され、同年『遊郭編』、2023年には『刀鍛冶の里編』、2024年には『柱稽古編』が順次公開され、IPの熱を切らさない展開はされていた。とはいえ、世間の熱量がやや冷めていたのも事実だ。

 そのような中で、どうやってモチベーションを維持してきたのか? それは単なる気力ではない。『鬼滅の刃』というIPの力を信じていたからこそ、予算と時間を投じ、設備投資もしたのだ。

 無限城という背景モデルについてはすでに述べたが、その規模・ギミック・テクスチャー・エフェクト密度を考えれば、相当な演算能力をもつマシン環境が必要だったのは明らかだ。

スクリーンでしか感じられない熱量

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 実際、プロジェクト立ち上げ時に、当時のマシンでレンダリング時間を試算したところ、「完成までに3年半かかる」という計算になったという。もちろん、それでは公開に間に合わない。そこで予算の許す限りマシンを増設し、サーバールームまで改造したという。

 アニメ映画の制作は、公開してみなければ結果がわからない“賭け”だ。『鬼滅の刃』人気が落ち着きを見せる中で、巨額の設備投資を行うのは、大きなリスクを伴う。それでも彼らはやった。なぜか? 原作への愛情と、ufotableというスタジオが持つIPへの信頼、そして“最高のものを届ける”という覚悟があったからだ。

 そしてその賭けは、現時点では成功している。

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』は、公開からわずか10日で910万人以上を動員し、興行収入は128億円を突破した。しかもこれは日本国内だけの数字だ。ufotableは、やや冷え始めていたIPに再び火をつけたのである。

 海外では違法アップロードの被害も報じられているが、筆者としてはこう思う。あのクオリティと迫力をスマホ画面で見るなんて、あまりにももったいない。後悔して、きっと劇場に足を運ぶはずだ。

 それほどまでに、『無限城編』を映画館の大スクリーンで観たことは、筆者にとって意味のある体験だった。物語の内容が頭に入らないほど、映像、技術、そして熱量に圧倒された。

 だからこそ、願わずにはいられない。上映期間中に、できるだけ多くの人にこの映画を観てほしいと。

【著者プロフィール:中川真知子】

映画xテクノロジーライター。アメリカにて映画学を学んだのち、ハリウッドのキッズ向けパペットアニメーション制作スタジオにてインターンシップを経験。帰国後は字幕制作会社で字幕編集や、アニメーションスタジオで3D 制作進行に従事し、オーストラリアのVFXスタジオ「Animal Logic」にてプロダクションアシスタントとして働く。
2007年よりライターとして活動開始。「日経クロステック」にて連載「映画×TECH〜映画とテックの交差点〜」、「Japan In-depth」にて連載「中川真知子のシネマ進行」を持つ。「ギズモードジャパン」「リアルサウンド」などに映画関連記事を寄稿。

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【了】

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