「自分の創作の核に触れた」阪元裕吾監督が撮影の裏側を語りつくす。『阪元裕吾監督コンプリートブック』刊行記念トークイベント
『阪元裕吾監督&脚本作品2016-2025コンプリートブック』の刊行を記念し、7月21日にジュンク堂書店 池袋本店にて特別トークイベントが開催。阪元裕吾監督、伊能昌幸さん、そしてサプライズゲストとして松本卓也さんが登壇した。脚本制作や作品に込めた想いを赤裸々に語り合った本イベントをレポートする。(取材・文:タナカシカ)
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「『自分』を出すことができた」
阪元監督が語る書籍への思い
イベント冒頭で語られたのは、書籍の制作背景についてだ。阪元監督は、「いろんな事情が重なり、当初の予定よりも発売が遅れてしまった」と率直に明かす。そんな中、これまでの作品を振り返る「自作解説」を書き進めていく過程で、自分の創作の核に触れたという。
実現できなかったアイデアや撮りたかったシーンも含め、撮影当時の苦労がうかがえる内容になっているが、それも含めて「自分を出せた」1冊になったと話す。
「正直、『不評なんだろうな』って思ってました。もっと当たり障りない、俳優とかについて語るべきなんでしょう。自分が『これは賛否両論だろうな』って感じてるときは大体本当に賛否両論になるので」
そう語る阪元監督に対し、俳優・伊能昌幸からもコメントが寄せられる。トークはそのまま、執筆時の裏話や大学時代について展開された。
伊能は「1番びっくりしたのは『こんなことまで書いていいんだ!』ということです」とコメント。阪元監督も「多少は修正が入りましたが、ほとんどそのまま使ってもらいました」と応じ、「ハリウッドでは制作の裏側をぶっちゃける文化もありますが、日本は自己開示が少ない。でも、今回のような解説がOKになるなら、ある種の突破口になるかもしれない」と語り、観客の共感を集めた。
さらに話題は、2人の原点である大学時代の創作活動へと移った。
阪元監督は「当時を振り返って、『意外と覚えてないな』と思うことが多かった」と述べ、伊能が「私たちの間にはあまり褒め合う文化がなかったので、真面目な話を文章で振り返るのは新鮮でした」と振り返る。
中でも『ファミリー☆ウォーズ』(2018)から『最強殺し屋伝説国岡 完全版』(以下、『国岡1』)(2019)までの半年間については、「本当に地獄のようだった」と語り、「2ちゃんねるを読みながら酒を飲み、借金で借金を返すような毎日だった」と率直な思いを明かした。
伊能も「自分はそこまでではなかったですが、ゲームばかりしていた記憶があります(笑)」と、作品に滲む“当時の空気感”に触れ、旧友同士の会話のような和やかな雰囲気を感じることができた。
書籍に収録された作品解説の中でも、最もページ数を割かれたのが「国岡」シリーズの第1作、『最強殺し屋伝説国岡 完全版』。その理由について阪元監督は、「シリーズが進むにつれ、どうしても“観客への接待”や“バズる要素”を意識せざるを得なくなる。でも『国岡』は、そうしたプレッシャーがまだない状態で撮れた。今でも誇れる、大切な作品です」と語る。
同様に、『ファミリー☆ウォーズ』も真面目に撮る選択肢はあったものの、あえて軽妙に仕上げたという。「僕はなるべくコメディをやりたいので」と振り返った。
一方、「『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』(2024)では、ハリウッド的なブロックバスターを意識した挑戦を試みた」、「『国岡1』から続いたアクション路線において、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』は、一旦の集大成になったかなと」と、阪元監督にとって大きな節目になったことを明かした。
伊能昌幸が“国岡として”綴った銃コラムの舞台裏
書籍に収録された「殺し屋たちの銃器解説」コーナーでは、伊能昌幸が、自ら演じた殺し屋・国岡昌幸として銃の解説を担当。「ほとんど“こじつけ”で書きました」と笑いつつも、実際にグアムで銃を撃った経験があると明かし、そのリアルな体験が解説に独自の説得力を加えている。
さらに、「第2弾があるなら、もっとボリュームアップしてみたい」と語ると、阪元監督も「面白いのでやりましょう!」と乗り気な様子を見せた。
さらに、今回の書籍には、阪元監督が学生時代から温め続けていたという “幻のプロット”――「激突! 殺人鬼軍団 vs 最強アメフト部」が初回限定特典として付帯する。実際に映画化の話が進んでいた時期もあったという本作は、奇想天外なアイデアが詰まった、阪元裕吾ファンにはたまらない内容となっている。
そして、このプロットのアイデア自体は、なんと10年前、学生時代にまで遡るという。
「この企画の発端は、もう10年くらい前。ずっと“殺人鬼とアメフト部”っていう組み合わせについて話していたんですよ。飲み会の席で『絶対おもしろい』って盛り上がって、『じゃあ書くか』って、その場のノリで決まったようなもんです」と、阪元監督は振り返る。
“幻のプロット”にさらなる臨場感を加えているのは、漫画家・近藤信輔氏によるビジュアルだ。以前から阪元監督の作品を観ていたという近藤は、プロットを見るなり「絶対描きます!」と、即答してくれたという。本プロットは、阪元監督自身も「僕が言うのもなんですが、本当に面白いと思います」と自信を滲ませた。さらに、「SNSで『これ観たい!』といった反響がいただけたら、映画化の道も開けるかもしれないですね」と、笑みを浮かべた。
サプライズゲスト・松本卓也が登場!
新作映画の舞台裏を3人で語る
イベントには、なんとサプライズで松本卓也が登場。阪元監督、伊能との3名で、10月10日(金)より公開される新作映画『フレイムユニオン 最強殺し屋伝説国岡[私闘編]』※の舞台裏を明かした。
「国岡」シリーズの最新作となる本作は、1年以上にわたる撮影期間と、4度に及ぶ追撮という異例のスケジュールで完成された。阪元監督は「自主映画だからこそ、何度も撮影を重ねることができたし、柔軟なスケジュールで進行できた。それは出演者やスタッフとの信頼関係があってこそ実現したこと」と語る。
「いったん最後まで撮影が終わって、つないでみたらアクションの尺が足りない! となって、同じロケ地にもう一回撮りに行って、さらに最近ドラマパートの最後の追加撮影もして……。でも、映画っていうのはそういうもの。予測不能なことが起きるけど、それを楽しむしかない」と、映画完成までの道のりについても触れた。
今回、真中卓也役で初主演を務める松本は、「撮影はハードでしたけど、お祭り感もありつつ、ちゃんと真中が成長していく物語にもなっている。さっき2人の話にも出てきたように、『国岡1』では、監督と伊能の当時の状況と重ねるように国岡のうだつの上がらない感じが描かれていましたが、今回の映画で一番うだつが上がらないのが真中。そんなところも照らし合わせつつ、観てもらえるとありがたいです」と映画のみどころについて語った。
国岡昌幸役で松本とダブル主演を務める伊能は、「話としては、小さくなっていますよね。1作・2作では殺し屋軍団とかと戦って、第3作では真中の親父と揉めるっていう。でも、話のスケールと映画の面白さって実はあんまり関係ない。さらに前作をはるかに上回る量のアクションが投入されていて、こういう作品に詰め込むべきアクションは詰め込めたのではないかと思います」と、会場を沸かせつつも映画への手ごたえを覗かせた。
※映画『フレイムユニオン 最強殺し屋伝説国岡[私闘編]』公式サイト
「冬村かえでに勝つには?」
会場が湧いた“架空バトル”論
イベント後半では、観客から寄せられた質問に登壇者たちが答えるQ&Aコーナーが設けられた。創作論や撮影秘話だけでなく、キャラクター同士の架空バトルといったユニークな質問も飛び出した。
そんな中1番の盛り上がりを見せたのは、「国岡なら、冬村かえで(演:池松壮亮)と戦うならどう倒しますか?」という、伊能への問いだ。
伊能はまず、冷静に楓のキャリアや戦闘経験を分析。「あの話って実は短期間の出来事なんですよ。殺し屋としてのデビューから1年も経っていない。だから、戦闘の“経験値”という意味ではまだ浅いはず」、「現代的な流派には対応できないかも」と推察した。
さらに、「体力戦に持ち込めば勝てるかもしれない」、「『ストリートファイト』のザンギエフみたいな、体ごと押していくタイプの戦法ですね。うまくハマれば勝てるんじゃないかと思います」と、真剣な戦略と、ユーモアが交差するひとときとなった。
さらに、出演者と監督、それぞれが経験した「もっとも過酷だった撮影」を聞かれる質問も寄せられた。
松本は、学生時代に阪元監督らと撮影に臨んだ『ハングマンズ・ノット』(2018)の現場を振り返った。「みんな大学生なので役者だけじゃなくスタッフワークもやっていて、肉体的にも精神的にもギリギリでした。滋賀で夜に撮影して、撮影が終わった後に同級生の役者を家まで送り届けて…その後、自分の家を通り過ぎてまた戻るっていう…。あのときは『最悪や!なんで車の運転できるって言っちゃったんや』って思いました(笑)」
夜通しの撮影、長回し、高速での移動と、学生作品ならではの無理なスケジュール感が過酷さを際立たせたようだ。
一方、伊能は「そこまで死にかけたような過酷な現場はない」と語るものの、『最強殺し屋伝説国岡 完全版』でのある撮影を例に挙げた。
「夜行バスで京都から東京に着いた当日の夜に、居酒屋シーンを撮って、そのあと追いながら銃撃戦のシーンまで…。明日に回すこともできない状況だったので、しんどさのピークでした。とはいえ、他の人に比べたら全然大したことないです」と控えめに語った。
次なる国岡は“もっと派手に”?
阪元監督が語るアクションと作風のせめぎ合い
イベントの終盤、「国岡ツアーズ」の展望について、阪元監督が語った。
これまで大阪・京都・埼玉・熱海・伊豆(※熱海・伊豆編は今後発売予定)などを巡ってきた「国岡ツアーズ」。次なる展開について阪元監督はこう語る。「まだまだ行ってない土地も多いので、どんどん広げていきたいですね。アクションシーンも伴うツアー形式って意外と大変なんですけど、次やるならもっと派手に見える内容で行きたいなと」
さらに、俳優・監督としてのお互いの長所についての話では、伊能からの「(阪元監督は)ジャッキー・チェンの『ザ・フォーリナー/復讐者』(2017)のような、硬派で堅実なアクション映画を撮るような監督になっていきそう」という言葉に対して、「本当はもっと堅実な映画もやってみたいんです。ただ、観客受けを意識した“キャッチー”な路線とも常に揺れ動いているんですよね。今はそのせめぎ合いの中にいます」と語った。
イベント後には、書籍を購入した参加者を対象に、阪元監督によるサイン会や握手会といった交流タイムが設けられた。ファンにとっては、作品の裏側を語る監督たちと直接触れ合える貴重なひとときとなり、会場は終始温かな雰囲気に包まれたまま、イベントは和やかに締めくくられた。
(取材・文:タナカシカ)
【書誌概要】
『阪元裕吾監督&脚本作品2016-2025 コンプリートブック』
阪元裕吾 著/イカロス出版
2,970円(税込)
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