「映画は人をつなぐツール」IMAGICA GROUPオリジナル映画製作プロジェクト第1弾作品『マリア』寺田ともか監督×土川はなプロデューサー(オー・エル・エム)、特別インタビュー

text by 山田剛志

IMAGICA GROUPが初めて行うオリジナル映画製作プロジェクトの第1弾作品『マリア』。社会福祉士としての顔を持つ寺田ともか監督と、本作でプロデューサーを務める土川はなさんの対談インタビューをお届け。生きづらさを抱える人々の声に寄り添い、映画だからこそ描ける問いを形にしようとする二人に、カンヌの地で映画づくりへの想いを聞いた。(取材・文:山田剛志)

プロジェクトとの出会いと『マリア』誕生のきっかけ

寺田ともか監督 写真:映画チャンネル編集部
寺田ともか監督 写真:映画チャンネル編集部

―――IMAGICA GROUPのオリジナル映画制作プロジェクト第1弾として『マリア』が選ばれました。まずはおめでとうございます。寺田監督がこのプロジェクトを知り、応募を決意されたきっかけを教えていただけますか?

寺田ともか(以下、寺田)「IMAGICA GROUPさんがこのプロジェクトを立ち上げるという話を聞いたのは、私が所属する分福という会社に土川さんが説明に来てくださった時でした。土川さんが監督や脚本家と組んで作品を立ち上げたいと話してくださって、それがきっかけでした」

土川はな(以下、土川)「それが2024年の夏前くらいだったと思います」

寺田「新人監督のオリジナル企画に出資してくれる機会は本当に少ないので、『これはチャンスだ』と思って、すぐに企画を出させていただきました」

―――土川さんは、分福に所属する映像作家の方以外にも幅広く声をかけられていたのでしょうか?

土川「はい。これまで一緒にやってきた助監督の方やスタッフの方々に連絡しました。長い付き合いのある方や、ようやく1本目を撮り始めましたという方にも『こういう企画があるけどどう?』と声をかけていました」

ステレオタイプを越えて描く、生きづらさのリアル

土川はなプロデューサー 写真:映画チャンネル編集部
土川はなプロデューサー 写真:映画チャンネル編集部

―――土川さんは、最初に『マリア』の脚本を読まれた感想はどのようなものでしたか?

土川「最初に脚本を読んだとき、涙が出てしまったんです。映像がありありと浮かんできて、『これは絶対に映画にしたい』と思いました。難しいテーマを扱っているにもかかわらず、押しつけがましくない語り口で、登場人物たちの背景に丁寧に寄り添っている。そのバランス感覚に惹かれました」

―――寺田監督にお伺いしたいのですが、『マリア』は監督が長年温めてきた物語とのことです。この物語がどのように生まれ、どのように育っていったのかを教えていただけますか?

寺田「この企画の種を書き始めたのは3~4年前です。私は社会福祉士として福祉現場で働いてきたのですが、若い女性たちが妊娠や中絶をめぐって非常に困難な状況に置かれている現実に触れてきました。制度の壁に当事者と一緒にぶつかるなかで、『なぜこんなにも生きづらい社会なのか』とずっと疑問を感じていて。そこを掘り下げて描いてみたいという思いが、この企画の出発点でした」

―――カンヌで行われた記者会見で上映された監督のビデオメッセージには、「ステレオタイプな映画にしたくない」という強い想いが感じられました。その点について伺えますか?

寺田「私自身、裕福ではない母子家庭で育ちましたが、それでも、この社会で厳しい状況に置かれている人たちに対して、どこかステレオタイプな見方をしていた部分がありました。でも、福祉現場で働く中で、それを打ち砕いてくれる当事者や、彼らが持つユーモアに出会うことができました。そうやって目の前の誰かと関わる中で自分の価値観が変化していく体験は、ある意味とても映画的な体験でした。それを、観る人とも分かち合えたらいいなと思っています」

―――お二人は同性・同世代ですね。『マリア』の物語を具現化していく上で、パートナーとして土川さんの存在は心強いのではないでしょうか?

寺田「はい。女性の生きづらさを描こうとするうえで、感覚を共有できるパートナーがいることは本当に心強いです。私たちは誕生日も近いんですよ(笑)。お互いの感覚を理解し合える関係性がとてもありがたいと思っています」

―――脚本の段階から、すでに意見交換を重ねていらっしゃるとのことですが、土川さんの意見はどのように脚本に反映されていますか?

土川「私が言うのはおこがましいんですけど、応募段階ですでに脚本の完成度が非常に高くて、心に残る読後感がありました。今後、例えばキャスティングを進める上で『こういうのはどうでしょう?』って、私からも意見を共有できればと思っています。ただ前提として、寺田さんを信頼しているので、寺田さんのやりたい方向に一緒に向いていければいいなと思っています」

―――撮影から公開に向けて、今後のスケジュールはどのような見通しでしょうか?

土川「プロジェクトに選ばれたばかりなので、詳細はこれから詰めていく段階です。キャスティングについても、映像のトーンや光の質感なども、脚本の世界観を損なわないように意識して進めていきたいです」

『怪物』の現場から学んだ“問いを立てる姿勢

寺田ともか監督 写真:映画チャンネル編集部
寺田ともか監督 写真:映画チャンネル編集部

―――寺田監督は社会福祉士としても活動されていますが、映像制作を志すようになった経緯を伺えますか?

寺田「もともと物を書くことは好きで、学生の頃から短編小説のようなものを書いてはいたんです。でも、それを仕事にできるとは考えていませんでした。大学生のとき、“書く道に進もうかな”と考えたこともありましたが、その前にまずは世の中を知らないと書けない、という思いが強くありました。

親も福祉の仕事をしていたこともあり、私自身も社会福祉の道へ進みました。実際に働く中で、この社会制度の中で誰がしわ寄せを受けているのか、人々の暮らしの近くで感じることができたのは大きな経験でした。数年間は寿町という日雇い労働者の方が多く住む街で働き、そこで多くの現実を学ばせていただきました。

ただ、コロナ禍をきっかけに状況は大きく変わりました。これまでは1人の方とじっくり向き合えていたのに、困っている人が一気に増えて、面談も15分程度に限られるようになった。結果として、制度に人を当てはめるような事務的な働き方になってしまい、『本当は割り切れないことがたくさんあるのに』 と感じることが増えていったんです。

そんな中、家でたくさん映画を見る機会がありました。映画は2時間という枠の中で、人の矛盾や葛藤を含めて丁寧に描ける。その力に触れて、“やっぱりこれこそ自分がやりたいことだ”と気づきました。福祉の仕事も映画も両輪で続けたいと思っていたところ、たまたま是枝監督が助手を募集しているのをTwitterで見つけて、『えいっ』と応募したのがきっかけです」

―――社会福祉の道へ進まれる前から、物語を紡ぎたいという思いが強くあったのですね。

寺田「そうですね。ただ、福祉の仕事をしながら“ネタを集めよう”とか“この人をモデルにしよう”と考えたことはありません。それはきちんと分けて取り組んできました。けれど、実際に働く中で、当事者の方には教えてもらうことが本当に多くて。その学びや気づきを、ぜひ作品にも反映させたいと思っています」

―――寺田監督が所属されている分福のホームページによると、是枝裕和監督の『怪物』(2023)で監督助手を務められたとのことですね。是枝組の現場で学んだことは、寺田監督の映画に関する考え方にどのような影響を与えているのでしょうか?

寺田「是枝監督は、こうした方がいい、というアドバイスをすることはあまりない方なので、現場での監督の姿を観察しながら学んだことなのですが、是枝監督は“自分の知っている真実を観客に伝えよう”としているのではなく、ある問いを立てて、それを俳優やスタッフの方たちと一緒に掘り下げていく。『怪物』の現場ではそうした作業が行われていて、それは私の目にとても魅力的に映りました。マリアの脚本も、自分でも答えがわからない問いを立て、その問いを掘り下げていく形で書いていきました」

―――是枝監督からは、今回の企画に対して何か言葉をかけられましたか?

寺田「講評はまだいただいていないのですが、『頑張れよ』と。あと、『とにかくスタッフを大切にするように』と言ってくださいました」

―――土川さんは映画の現場づくりに関して、どのようなことをお考えになっていますか?

土川「映画の撮影は、人と人の信頼関係が何より大切ですので、自分がプロデューサーとして関わる以上、そこを大切にして制作を進めていきたいと思っています」

―――土川さんはこれまで大作映画の現場も経験されています。今回、新人監督の作品をプロデュースされるにあたって、特別な思いや意気込みはありますか?

土川「私自身、1から資金を集めたり配給を決めたりという仕事は今回が初めてです。これまでの現場で学ばせていただいた経験や、人脈を活かして、寺田さんと一緒に作品を形にしていきたいと考えています。特に、現場での人間関係を大切にすること、キャストやスタッフとの信頼関係を築くことの大切さは、これまでの経験から強く感じている部分です」

映画は人と人を結ぶ――監督とプロデューサーが語るその可能性

(左から)土川はなプロデューサー、寺田ともか監督 写真:映画チャンネル編集部
(左から)土川はなプロデューサー、寺田ともか監督 写真:映画チャンネル編集部

ーーー最後に、おふたりが考える“映画の可能性”について教えてください。

寺田「私が映画で一番好きなのは、答えを提示するのではなく、問いや葛藤、あるいは倫理的に“正しい”とは言えないかもしれないものを含め、人の生き様をそのまま描けるところです。作品をつくる中で、私自身もきっと間違うことがあると思いますし、時には物事を単純化してしまうことも避けられないかもしれません。それでも、観客の想像力を信頼しながら作品をつくり、観た人とのディスカッションを通じて次につなげていける。そうしたやりとりを重ねていけるのが映画の魅力であり、不完全だからこそ強く惹かれるものだと感じています」

土川「映画の可能性については、ずっと考えてきました。映画をきっかけに人と人とがつながり、ディスカッションをしたり、問題提起を共有したり、あるいはたわいのない会話で心を通わせたりできる。制作現場に限らず、観客同士をつなぎ、私たち制作者と観客を結びつけることもできる。そういう意味で映画は大きなコミュニケーションツールだと感じています。だからこそ、どんな形であれ、人と人を結ぶツールとしての映画をつくりたい。その思いはずっと変わらずに持っています」

ーーーありがとうございました。今後の『マリア』の展開を楽しみにしています。

(取材・文:山田剛志)

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【了】

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