染谷将太”歌麿”の半狂乱ぶりが凄い…匹敵するほど狂気的な「時が来た」が意味するものは? 大河『べらぼう』第30話考察【ネタバレ】
横浜流星主演の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合)が現在放送中。貸本屋からはじまり「江戸のメディア王」にまで成り上がった“蔦重”こと蔦屋重三郎の波乱万丈の生涯を描く。今回は、第30話の物語を振り返るレビューをお届けする。(文・苫とり子)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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蔦重(横浜流星)が“仇討ち”のためにプロデュース
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第30回は、「時が来た」が重要ワードだった。
蔦重(横浜流星)が“仇討ち”のためにプロデュースし、山東京伝こと政演(古川雄大)が執筆、新境地を開いた黄表紙「江戸生艶気樺焼」が大ヒット。江戸は空前の黄表紙ブームとなり、耕書堂は日本橋開店以来の大賑わいとなった。
そこで蔦重は、人気狂歌師たちと同じ本に自分の歌を載せたい人を入銀一分で募る形で狂歌絵本の制作を進めることに。このことが2人の人生に大きな転機をもたらす。
1人目は蔦重の弟分である歌麿(染谷将太)だ。蔦重は重政(橋本淳)から「狂歌絵本を出版するのであれば、歌麿に絵を任せてみてはどうか」とアドバイスされる。
どうやら、このところ歌麿は世間で「人まね歌麿」として噂されているそうで「こりゃあ、時が来たか…」と蔦重はニヤリ。これを機に、歌麿を人まねではなく歌麿らしい画風で一気に売り出そうとするのだった。
トラウマに苦しむ歌麿(染谷将太)
「絵を描いて飯食えてたらそれで十分」とはじめは乗り気でなかった歌麿も、蔦重の熱意に押されて承諾。問題は何を描くか…だが、蔦重は枕絵を勧める。名のある絵師たちは印象的な枕絵を残しており、枕絵で名を成した絵師も多かった。
しかし、蔦重が一瞬勧めるのを躊躇ったのは、枕絵が性行為や性風俗を描いたものだから。夜鷹の母に育てられ、自身も幼い頃から体を売らされていた歌麿にとっては辛い作業になると思ったのだろう。
歌麿は過去を乗り越えるためにも枕絵の制作に励もうとするが、案の定トラウマに苦しめられる。蔦重に「どんな女が好みか」と問われた歌麿の脳裏に浮かぶのは亡き母(向里祐香)だ。
幼い頃、歌麿は愛憎相半ばする母親をやむを得ず見殺しに。さらには、そのことで母親の情夫だったヤス(高木勝也)から金をゆすられ、今度は直接手をかけてしまったことから自分は幸せになるべきではないと思い込んでいた歌麿。
大人になって再会を果たした蔦重にその呪いを解いてもらったが、罪悪感が完全になくなったわけではない。絵を描こうとするたびに2人の亡霊が現れ、「人殺しのくせに」と歌麿を攻める。
歌麿を救ったのは、鳥山石燕(片岡鶴太郎)
かつての平賀源内(安田顕)のように現実世界と心象世界の境目も曖昧となり、半狂乱に陥りそうになった歌麿を救ったのは、妖怪画の巨匠・鳥山石燕(片岡鶴太郎)だった。鳥山といえば、幼い頃の歌麿と一緒に地面に絵を描いて遊び、その楽しさを教えた心の師。
本格的な弟子入りも打診されていたが、母親に反対された矢先に大火が起こり、以来一度も会っていなかった。だが、石燕はずっと歌麿のことを探し続けており、耕書堂から出された歌麿の絵を見て訪ねてきたのだ。
そんな昔のことを覚えてくれていたことに驚きを隠せない歌麿に、石燕は「忘れるか、あんなに楽しかったのに」と語る。それは、歌麿が消し去りたいと思っていた過去を肯定するような言葉だ。
すべてが無駄だったわけではない。自分と過ごす時間を心から楽しみ、大事に思ってくれていた人がいた。その事実に、過去に苦しめられている歌麿はどれだけ救われたことだろう。
さらに石燕は思うような絵を描けず、苦しんでいる歌麿を「三つ目、なぜ、かように迷う。三つ目の者にしか見えぬモノがあろうに」と諭す。出会った当時、おでこに傷があった歌麿を“三つ目”と呼ぶ石燕。
しかし、ただそれだけではなく、彼は歌麿が三つ目、いわば第三の目を持つことを早くに見抜いていたのではないだろうか。石燕は黒く塗り潰された歌麿の絵を見て、「あやかしが塗りこめられておる。そやつらはここから出してくれ、出してくれ、と呻いておる。閉じ込められ、怒り、悲しんでおる」と語った。
歌麿が見ていたのは、過去の自分を許せない弱い心が見せる幻影なのだろう。だが、それすらも「見える奴が描かなきゃ、それは誰にも見えぬまま消えてしまうだろう。その目にしか見えぬモノを表してやるのは、絵師に生まれついた者のつとめじゃ」と肯定され、石燕のもとで自分の絵を模索することにした歌麿。
蔦重は知らぬ間に歌麿を追い詰めてしまったことを反省しつつ、その背中を見送った。第三の目を開き、あるがままの世界を見通す歌麿が描く絵に期待したい。
同じく「時が来た」と歓喜の声を上げるのは――。
一方、田沼意次(渡辺謙)は狂歌絵本の入銀システムに構想を得て、新たな政策となる貸金会所令を打ち出す。寺社・農民・町人から出資させた金を大名たちに貸し付け、のちに出資者には利息をつけて返すという公的な金融制度のこと。
この画期的なアイデアに家治(眞島秀和)は「御公儀が金貸しをやるなど恥知らず」とした上で、それでも今の世に適したやり方を貫き通す意次を、まとうど=正直者と称賛した。
だが、この制度は人々から大きな反発を受け、発令からわずか2ヶ月で撤廃されることとなる。さらに大雨により利根川が決壊し、江戸の街が大洪水に。その困難の最中、家治は世を去るのだ。
肝入りの政策の失敗、思わぬ大水害、そして後ろ盾だった家治の死と、さまざまなことが重なり、失脚へと追い込まれていく意次。そんな未来を見据えてか、「時が……来た!」と雨乞いをするかのように舞い踊る治済(生田斗真)の姿が何とも不気味だった。
【著者プロフィール:苫とり子】
1995年、岡山県生まれ。東京在住。演劇経験を活かし、エンタメライターとしてReal Sound、WEBザテレビジョン、シネマズプラス等にコラムやインタビュー記事を寄稿している。
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