公開時、劇場内は地獄絵図に…“二度と見たくない名作”『火垂るの墓』のスゴさとは? 考察レビュー【あらすじ ネタバレ】

text by 編集部
高畑勲監督

高畑勲監督【Getty Images】

火垂るの墓

原題:
火垂るの墓
製作年:
1988年(日本)
監督:
高畑勲
脚本:
高畑勲
撮影:
小山信夫
音楽:
間宮芳生
配給:
東宝
上映時間:
88分
出演:
辰巳努, 白石綾乃, 志乃原良子, 山口朱美

映画『火垂るの墓』のあらすじ(ネタバレあり)を紹介し、魅力を徹底解説。高畑勲監督が野坂昭如の反自伝的小説をアニメ化した本作は、終戦直後の神戸を舞台に、14歳の清太と4歳の節子が歩む過酷な日々を描く。反戦映画として語られることも多いが、監督が見つめたのは“滅びの美学”と、他者から距離を置いた二人だけの世界。作品の魅力を多角的な視点で解説する。(文・司馬宙)<あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー>

映画『火垂るの墓』あらすじ

高畑勲監督
高畑勲監督【Getty Images】

「昭和20年9月21日、僕は死んだ」。終戦後の神戸の駅構内で、14歳の少年・清太の遺体が見つかる。彼の魂は、自身と4歳の幼い妹・節子との、決して忘れられない過去の日々を走馬灯のように振り返っていく。物語の舞台は終戦間際から終戦直後にかけての兵庫県神戸市と西宮市近郊だ。

 時は終戦直前の昭和20年6月、清太が住む神戸は激しい空襲に見舞われる。海軍大尉の父はすでに家におらず、清太は心臓を患う母と節子と暮らしていた。清太は、まず心臓の弱い母を先に避難所へ避難させ、その後、家財を片付けてから節子をおんぶして外へ出る。しかし、あたりは瞬く間に火の海と化し、二人は炎と煙が渦巻く中を必死に逃げ惑う。なんとか火の手を避け、難を逃れた二人は、母がいるはずの避難所の学校へと向かった。

 そこで目にしたのは、学校を転用した急ごしらえの病院で、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた母の姿だった。清太は変わり果てた母の姿から思わず目を背け、その場を離れてしまう。しばらくして再び学校に行くと、母はすでに息を引き取っており、他の多くの犠牲者と共に大きな穴に放り込まれ、焼かれていた。清太は絶望の中、母の遺骨をひっそりと拾い集めて持ち帰るが、幼い節子には母の死を秘密にすることを決める。

 家を焼け出された清太と節子は、西宮に住む親戚の叔母の家に身を寄せることになった。清太は焼け跡から食料の甕を掘り出して持ち帰るなど、兄として精一杯妹を守ろうとする。しかし、叔母は清太たちを招き入れたものの、学校にも行かず、地域の防火活動にも参加せず家でぶらぶらしている清太と節子に対して、次第に不満を募らせていった。

 やがて叔母は、清太に母の形見の着物を売ってお米に変えようと言い出す。節子は大切な母の着物を手放すことに泣いて反対するが、清太は妹のためにと叔母の提案を受け入れる。しかし、その着物で手に入れた米も、叔母の子供や下宿人にばかり与えられ、清太と節子への叔母からの風当たりは強まる一方だった。

 我慢の限界を迎えた清太は、銀行に母の貯金が7千円残っていることを思い出す。清太はそのお金で自炊用具を揃え、親戚とは別々に食事をとることを決意する。このことで叔母との関係はさらに悪化し、清太と節子は最終的に叔母宅を出て、近くの池の横にある防空壕で二人きりの生活を始めることを決意するのだ。

映画『火垂るの墓』【ネタバレあり】あらすじ

 防空壕での生活は想像以上に厳しい現実だった。食料はすぐに底をつき、清太は周辺で獲れるタニシやカエルなどを捕って飢えをしのぐ日々が続く。節子のためにと、時には畑から野菜を盗んだり、空襲で無人になった家から火事場泥棒をしたりして、必死に食料を調達した。

 しかし、満足な栄養が摂れない節子は、まず汗疹や湿疹に苦しみ、やがてみるみるうちに衰弱し、重度の栄養失調に陥ってしまう。医者からは「滋養をつけるしかない」と告げられるが、清太にはもう為す術がなかった。

 残りの貯金3千円を下ろしに銀行へ行った清太は、そこで日本の敗戦、そして海軍大尉だった父の戦死という報に接し、大きな衝撃を受け取り乱してしまう。

 重い足取りで防空壕に戻った清太が見たのは、おはじきをドロップのように舐めるほど衰弱しきった節子の姿だった。清太は銀行で買ってきたいつものスイカを食べさせようとするが、節子にはもはや口にする力もなかった。

 節子は朦朧としながら、清太に小石を「ご飯」だと言って渡そうとする。「おかゆを作るから待ってて」と清太が必死に声をかけるが、その声を聞くことなく、節子はそのまま二度と目を覚ますことはなかった。

 清太は丘の上で、たった一人で節子の遺体を火葬した。燃え尽きるのを見届けた清太は、節子の遺骨を小さなサクマドロップの缶に入れ、そのまま防空壕には戻らなかった。彼は駅の片隅で孤児として死を待つだけだった。

 そして昭和20年9月21日夜、清太もまた妹の後を追うように旅立ったのだ。その傍らには、火葬した節子の遺骨が入ったあのサクマドロップの缶が置かれていた。
物語は、蛍舞う野の丘に魂となった清太と節子が寄り添い、現代の近代的なビル群を静かに眺めるシーンで幕を閉じる。

誤解された「反戦映画」

原作者の野坂昭如【Getty Images】
原作者の野坂昭如【Getty Images】

 二度と見たくない名作ー。世の中には、そんな異名を持つ映画が存在する。この『火垂るの墓』も、そんな映画の一つだろう。

 本作は、『アメリカひじき』で直木賞を受賞した小説家、野坂昭如の反自伝的小説を実写化した作品。監督は、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)『かぐや姫の物語』(2013)で知られる日本アニメ界の巨匠、高畑勲が務める。

 トラウマ的な描写が多いことから、反戦映画の代名詞のように評されている本作。清太の死から始まる救いようのない物語や日に日に衰弱していく節子の姿、そして、空襲で火傷を負った母がウジ虫まみれで亡くなるシーンに、胸を抉られたという方も多いはずだ。

 しかも、公開当時はなんとあの『となりのトトロ』との2本立て。ファンタジックでほのぼのとした『となりのトトロ』とのあまりの落差に劇場内は阿鼻叫喚の地獄絵図となり、興行収入も大幅に下がったと言われている。

 とはいえ高畑によれば、本作は実は反戦映画で作ったつもりは全くないという。現に高畑は、新聞のインタビューで次のように語っている。

「原爆をテーマにした『はだしのゲン』もそうですが、日本では平和教育にアニメが用いられた。もちろん大きな意義があったが、こうした作品が反戦につながり得るかというと、私は懐疑的です。(…)なぜか。為政者が次なる戦争を始める時は『そういう目に遭わないために戦争をするのだ』と言うに決まっているからです」(「「火垂るの墓」監督・高畑勲さん 時代の正体〈47〉過ち繰り返さぬために」『神奈川新聞』2015年1月1日)

 現に本作、作中で空襲や火災といった直接的な戦争の描写が前面に出るのは、せいぜい冒頭20分程度。本当に反戦映画を描くのであれば、全編にわたって戦場の悲惨さや戦争行為そのものの残虐さを克明に描くはずなのだ。

 では、高畑が本作で描きたかったものとは一体何だったのだろうか。

高畑勲が本当に描きたかったもの

高畑勲
高畑勲【Getty Images】

 この問いに対し、高畑監督自身明確な答えを示している。

「私が原作にひかれたのは、(清太と節子の兄妹)2人がいかに死に向かっていったかを閉じた世界の中で描くという『心中もの』の構造があったことです。アニメなら新しい求心力で描けるのではないかという表現上の野心が強かったですね。」(「悲惨だけの泣ける映画は「無力」 火垂るの墓、貫いたリアリティー」『朝日新聞』2025年5月23日)

「心中もの」とは、相思相愛の男女が社会の圧力に抵抗し、自ら死を選ぶ物語で、日本の伝統芸能である人形浄瑠璃や歌舞伎の核をなすジャンルだ。その中心には、いわゆる「滅びの美学」がある。これは、滅びゆくものの中に美を見出す美意識で、死の散り際にこそ最上の価値を見出す哲学でもある。

 この「滅びの美学」は、本作でも描かれている。例えば、清太と節子が防空壕近くの野原に寝転がって夜空を見上げるシーン。このシーンでは、清太が点滅する飛行機を指差しながら、「あれ、特攻や」と呟く。彼らのすぐ頭上を特攻機が飛び去る光景は、後に来るであろう清太と節子自身の運命を暗示しているかのようにも見える。

 最も象徴的な存在が「蛍」だろう。防空壕のシーンでは、清太が節子を喜ばせるために数十匹の蛍を蚊帳に放つが、翌日には皆死んでしまう。本作では、儚く死にゆく者こそ、最も気高く光り輝いているのだ。

 では、清太と節子は、何から逃亡を図っているのか。それは、戦局の悪化とともに軍国主義が強まり、精神的に貧しくなっていく世間からだろう。

 作中では、家を失った清太と節子が、西宮市の叔母のもとに身を寄せる。叔母は、当初は優しかったが、配給物資が乏しくなっていくにつれ、よそ者である清太と節子に辛く当たるようになる。食べ物の配給を巡って清太を罵倒し、「あんたらは疫病神や」とまで言い放つ彼女の姿は、まさに「貧すれば鈍する」という言葉を体現しているといえる。

 清太と節子も、叔母の悪口に耐え、地元住民に勤労奉仕していれば、辛うじて生き残る道もあったかもしれない。しかし、海軍将校の息子である清太は、そのような日常に与することができなかった。だからこそ、不寛容な社会から自ら「降り」、防空壕で節子と二人だけの世界を築くことを選んだのだ。

(文・司馬宙)

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