前作超えも視野に…『鬼滅の刃 無限城編』最も心を震わせた声優は誰? 声優陣の圧巻の演技を解説&考察レビュー
大ヒット中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』。鬼と激闘を繰り広げ、怒り・哀しみ・喜び・笑いが渦巻く物語が、圧巻の映像美で描かれる。今回は、そんな本作のレビューをお届けする。(文・苫とり子)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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5年ぶりの劇場版に沸く“喜び”
公開からひと月が経ち、観客動員数1827万人を超え、興行収入250億円を突破した本作。筆者も公開2日後に映画館を訪れ、喜怒哀楽すべての感情が刺激された。
まず「喜」に関して言えば、本作が公開された“喜び”にほかならない。いつもTVアニメシリーズの新作が始まる時は第1話が劇場で先行公開され、今年4月には過去作の総集編も公開されたが、純粋な劇場作品としては2020年公開の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』以来約5年ぶり。ただでさえワクワクしていた気持ちが、映画が始まった瞬間に抑えきれなくなった。
今回の映画は鬼舞辻無惨に襲撃された産屋敷邸に集結した鬼殺隊が、鬼の根城である無限城に落とされるところから始まる。ufotableが誇る3DCG技術をフル投入し、圧倒的なクオリティで表現された無限城の果てしなく広がる異空間に思わず言葉を失った。何なら少し酔いそうなレベルで、正直この点だけでも見る価値があると断言できる。4DX上映が始まったら、もう一度鑑賞したいものだ。なお、ここから内容について言及する上で一部ネタバレは避けられないことをご承知いただきたい。
筆舌にしがたいほど素晴らしかった宮野真守の演技
本作では、胡蝶しのぶ×童磨、我妻善逸×獪岳、竈門炭治郎&富岡義勇×猗窩座と、主に3つの戦いが描かれる。鬼滅の世界において鬼は罪なき人を喰らい続ける忌むべき存在。鬼殺隊士の多くも身近な人を鬼に殺されており、今回はその「怒」りが色濃く映し出されていた。
特に注目したいのが、胡蝶しのぶの怒りである。いつもは穏やかで冷静なしのぶだが、本来は勝気な性格で、どちらかといえば激情型だ。鬼に家族や継子を殺され、同じように鬼のせいで当たり前の幸せを奪われた子たちを世話してきた彼女は誰よりも鬼を憎んでいる。
にもかかわらず、鬼の前でも笑顔を絶やさず、仲良くしようと努めるのは最愛の姉・カナエがそうだったから。カナエの優しさは強さだ。強い人ほど他者に対して優しくできる。しのぶはカナエを模倣することで、小柄で腕力が弱く、怒りに支配されそうな自分を乗り越えようとしてきたのではないだろうか。
そんなしのぶがカナエの仇である童磨と対峙する中で剥がれ、剥き出しの感情を露わにさせる。以前から、しのぶを演じる上で心がけていることについて「根っこの根っこから常に心が凪いでいて、穏やかで、優しくて、慈愛に満ちている人だとは思わずに、ずっとやっています」(ORICON NEWS/2024年5月20日)と語っていた早見沙織。その積み重ねが結集した早見の演技に胸を打たれるはずだ。
その怒りを引き出す童磨役・宮野真守の演技がまた筆舌に尽くしがたいほど素晴らしい。鬼の中では最も友好的で、人間に対して慈悲の心を持っているように見える童磨。その実、共感性や良心が欠如しており、故に悪意なく蟻を潰す子供のような無垢さを宮野が見事に表現していた。彼の演技は純粋と狂気が紙一重であることを改めて実感させる。
哀しみを背負う猗窩座の宿命
童磨が同情の余地もなく、観る者の怒りを煽るキャラクターとするならば、逆に同情を禁じ得ず、「哀」しみを引き出すキャラクターが猗窩座だ。鬼滅は基本的に、正義である人間が、悪である鬼に制裁を加える勧善懲悪の物語だが、鬼もまたかつては人間であり、いとも簡単に人は悪に転じる可能性があるということが幾度となく強調されている。
それを最も象徴とするのが猗窩座であり、映画『ジョーカー』の如きヴィラン誕生秘話だ。一つだけ言えるのは、もともと愛情深く思いやりのある少年だった彼を鬼に堕ちるまで追い込んだのは人間であるということ。いや、人間の皮を被った鬼とも言える。その怒りや憎しみを正しい形で昇華できず、彼らと同じ穴の狢に陥ってしまった猗窩座。正直、彼がやったことは責めようがなく、故に哀しみだけが強く残る。
喜怒哀楽すべてが詰まった2時間半
と、ここまで散々怒りや哀しみの部分に触れてきたが、本作はシリアスなシーンばかりではない。鬼滅らしい、良い意味で緊張感のない笑いも多分に含まれている。なかでもホッと一息つけるのが、負傷した善逸を一般隊士たちが看病するシーンだ。モブキャラ中のモブキャラでありながら、炭治郎たち後輩を気遣う優しい先輩として多くの人に愛される村田が大活躍する。愈史郎との軽妙なやりとりも見ていて「楽」しい。
楽しいと言えば、甘露寺蜜璃と伊黒小芭内のカップリングも見逃せない。特に無限城に落下するシーンでのアニオリ描写は、“おばみつ”ファンにとっては堪らないものとなっている。尊み100億点だ。
そんな喜怒哀楽が一挙に詰まった『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』。暑すぎて無になる毎日だからこそ、空調の効いた涼しい映画館(むしろ寒くなるので、約2時間半の上映時間を耐え抜くためにも羽織の持参をお勧めする)で感情を大いに動かしてほしい。
(文・苫とり子)