古くて新しい奇妙な傑作。映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』徹底考察。鬼才監督による”未来の映画”を深掘りレビュー
御年80歳。これまで数々の問題作を手がけてきた鬼才デビッド・クローネンバーグの最新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』が公開中だ。今回は、2022年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された、“古さと新しさが共存する”本作の魅力を多角的な視点から読み解く。(文・冨塚亮平)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
【著者プロフィール】
アメリカ文学/文化研究。神奈川大学外国語学部助教。ユリイカ、キネマ旬報、図書新聞、新潮、精神看護、ジャーロ、フィルカル、三田評論、「ケリー・ライカートの映画たち漂流のアメリカ」プログラムなどに寄稿。近著に共編著『ドライブ・マイ・カー』論』(慶應大学出版会)、共著『アメリカ文学と大統領 文学史と文化史』(南雲堂)、『ダルデンヌ兄弟 社会をまなざす映画作家』(neoneo編集室)。
最初の構想は1966年
古さと新しさが共存する奇妙な感触
今年80歳となったデビッド・クローネンバーグの監督最新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は、懐かしさと斬新さを奇妙な形で併せ持つレトロフューチャリスティックなSF映画だ。
舞台は、人類が進化し痛みの感覚が消滅した近未来。「加速進化症候群」のアーティスト、ソール・テンサー(ヴィゴ・モーテンセン)は、自らの身体が生み出し続ける新たな臓器をパートナーのカプリース(レア・セドゥ)が切除する模様を、日々パフォーマンスとして発表している。彼らのショーは評判を呼び、政府の秘密組織や怪しげな人間たちが、さまざまな思惑から二人に接近する。そしてある日、新たなパフォーマンスを模索する彼らの元に、生前プラスチックを食べていた息子の死体を解剖してほしいという男が現れ、事態は急展開を告げることとなる・・・。
古さと新しさが共存する本作の奇妙な感触は、まずは完成までのやや特殊な流れに由来するものだと言えるだろう。クローネンバーグは、1999年の時点で既に本作の脚本を書き上げていたが、資金不足などさまざまな理由で製作は実現しなかったという。しかし、あるとき本作プロデューサーのロバート・ラントスが、物語と現代社会との関連を指摘し、今こそ脚本を読み直すべきだと主張した。
実際に脚本を再読したクローネンバーグが、環境汚染の進行によって、プラスチックを食べる進化した人類が出現するというSF設定に、以前にはない説得力がもたらされるはずだという実感を得たことで、初稿完成から20年以上を経て企画は再び動き出した。だが、そもそも振り返れば最初期の構想はさらに以前、1966年に彼が観たある映画に登場した詩の言葉、「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」に衝撃を受けた時点にまで遡る。
この言葉に触発された彼は、まず70年に同名の短編映画を完成させた。そして、当時の製作環境では表現できなかったアイディアを盛り込んで約30年後に書かれた脚本が、さらに20年以上後に、当初のきっかけから半世紀以上を経て、ついに長編映画として結実したのだ。※1
※1「「進化する人体と、その進化によって生まれる犯罪を描こうと思った」interview デビッド・クローネンバーグ[監督]」『キネマ旬報』1927号、2023年、30-31頁を参照