北欧ホラーの金字塔は…? 心がざわつく美しき恐怖映画(4)まるで悪夢…美少女が持つ恐るべき能力は?
幽霊、悪魔、呪いは一切出てこない。しかし不穏な空気感に寒気が止まらず、クセになる北欧ホラー。神話や逸話を元に創造される物語は、性的マイノリティや社会問題についても言及され、恐怖心よりも心に残る映画体験を私たちに提供してくれる。今回は、雄大な自然の中、美しく繊細に描かれる北欧ホラー作品を5本ご紹介する。(文・佐澤ともみ)
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清らかな少女に秘められた恐ろしい能力とは…。
呪縛からの解放を描く北欧版『キャリー』
『テルマ』(2017年)
舞台:ノルウェー
監督:ヨアキム・トリアー
脚本:エルキル・フォクト、ヨアキム・トリアー
出演:エイリ・ハーボー、カヤ・ウィルキンス、ヘンリク・ラファエルソン、エレン・ドリト・ピーターセン
【作品紹介】
世界から注目を浴びる鬼才・ヨキアム・トリアーがメガホンをとった本作は、一貫して漂う緊迫感に引き込まれるサイキック・ホラー。
ノルウェーの自然豊かな田舎町で美しく育った少女テルマ。都心の大学に通うため一人暮らしを始めるが、ある時、突然全身が痙攣しその場で意識を失ってしまう。後日体調を気にかけてくれた同級生のアンニャに恋するも、敬虔なクリスチャンであるテルマは、同性への恋心に激しく困惑する。募る欲望と罪の意識に引き裂かれるテルマ。アンニャへの想いが強くなればなるほど、不可解な発作と奇妙な事件がテルマを襲う。病院で検査を繰り返すうち、失われた幼少期の記憶と共に恐ろしい事実が明らかになっていく…。
【注目ポイント】
壮大な山々や氷河、生い茂る針葉樹など、豊かな自然に囲まれた国土を誇るノルウェー。実は北欧5カ国中で最も早い2008年に同性婚が合法化されるなど、LGBTQ+先進国の一面も併せ持つ。とはいえ、テルマの家族のように熱心なキリスト教徒は多い。本作でも、信仰と自己のはざまで揺れ動く少女のあやうさを描いている。
キリスト教では、今もなお同性愛は罪とされる。テルマにとって神とは両親(特に父親)と同義の存在だ。実際に、アンニャとキスをして強い動揺を見せるテルマは、神に懺悔した後すぐ父親に電話をかけている。
初めての恋心に後ろめたさを感じつつ、発作と連動するかのように起こる奇妙な事件を訝しむテルマ。実は彼女には、強く願うとそれが実現するという特殊能力があった。殺人にまで至るこの恐ろしい能力を恐れた両親は、娘に一連の事実を隠し、神を見出させる。そして精神的支配下に置くことで、自意識の発露を抑制し、能力の再出現を防いでいたのだ。
テルマと両親は、お互い家族という呪縛に囚われているように見える。両親が最終的にテルマ殺害の計画を企てるのも、家族としての責任を感じてのことだろう。しかし、親子といえども他人である。どれだけ危険な能力を秘めていたとしても、子を自分の都合のいいようにコントロールするのは間違っている。
アンニャも同様に親との確執を匂わせるが、彼女はすでに障壁を乗り越え、自己像を確立しており、その点でテルマとは異なっている。そんなところもテルマが惹かれた理由なのだろう。
自らの過去と真実を知り、深く傷付くテルマ。しかし、忌まわしい能力がもたらす運命を断ち切ろうとする両親と決別し、ありのままの自分として生きていく道を選ぶ。
冷ややかな色彩による張り詰めた空気感が印象的な本作は、特殊能力を題材にしたホラームービーであると同時に、家族という呪縛からの自立と解放を描く、一人の少女の成長物語でもある。
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