なぜ映画『君たちはどう生きるか』の音楽はあそこまでシンプルだったのか? 作曲家・久石譲が語る、楽曲制作秘話を紹介
北米にてジブリ史上最高額の興収を記録する映画『君たちはどう生きるか』。宮崎駿10年ぶりの長編映画となった本作は、2024年第96回アカデミー賞「長編アニメ賞」にノミネートされた。今回は本作で音楽を担当した作曲家・久石譲の曲が、なぜ他の作品に比べてシンプルなものだったのかを、現地メディア米Varietyを参考に紹介する。
現実とファンタジーを音楽で行き来する
作曲家・久石譲は、映画『風の谷のナウシカ』(1984)から前作の映画『風立ちぬ』(2013)まで、宮崎駿の長編作品の全ての音楽を担当している。である以上、久石譲が、宮崎駿監督が10年ぶりの長編新作映画『君たちはどう生きるか』(2023)のために楽曲を依頼したのは至極当然のことだろう。
しかし今回の2人のやり方はいつもと違っていた。
「通常ですと、作品の絵コンテやメモを見せられ、制作しながらその映画について話し合うことが多い」と久石は語る。ところが今回、宮崎監督は指示などのメモをほとんど残さずに、95%まで完成した状態の映像を久石に見せ、彼の制作プロセスを信頼して任せたという。
今回、久石の心を打ったのは、本作のストーリーであった。
母を火事で失った11歳の少年・眞人(マヒト)は、母親の死と折り合いをつけようと苦闘していた。その直後に眞人の父親は再婚し、新しい継母に子供が生まれると告げられる。
一家が東京を離れ、和洋折衷の庭園家屋「青鷺屋敷」へと引っ越した時、眞人は新しい家族と向き合い、自身の中から湧き出す怒りや悲しみと向き合うことを余儀なくされる。そこでまた眞人は、喋る青サギに出会い、母親は実はまだ生きていると告げられ、廃墟となった塔の中へと導かれる。
「映画の前半は孤独で、ある種の闇を抱えた少年の話で、後半はファンタジーの世界でした」
久石は、最低限の方法で音楽へのアプローチをすることにした。現実世界ではピアノといくつかの楽器だけを使用し、眞人がファンタジーの世界にいる時は少し音楽が増えるという手法だ。
久石は、作品のテーマを重要視しながらも、眞人の悲しみなどの感情を音楽で強調することも、映像を音楽で説明することもしたくなかった。「距離を置こうと思いました」と彼は言う。
青サギは両方の世界を行き来し、やがて “サギ男”であることが明らかになる。久石は、青サギが最初に眞人の部屋の窓に現れた際、宮崎監督はそのシーンに音楽は必要ないと考えていたと説明した。
「宮崎さんは青サギの登場を強調したくなかったのです。でも、それを見たとき、ここは特別なシーンだから、音楽でそれを示すべきだと思いました」と久石は話す。
そこで、彼はいくつかの音符を作曲し、宮崎のために演奏した。
久石は「あまりに大げさすぎた。最終的に青サギの特徴的な音楽は、1つの音だけになりました。それが青サギのサイン音となり、いくつかの音をその後に加えました。次に宮崎駿がそのシーンを見た時に、音楽があったほうがいいということに同意してくれました」と話した。
映画『君たちはどう生きるか』メインテーマ『Ask Me Why』は、作中で3回流れるが、この曲は久石の手でたった1日で書き上げられた。
彼は様々な編成を用いるのではなく、宮崎の至ってシンプルなアプローチに従い、小さな編成にしたのだ。
「ミュートした楽器を使い、ピアノを弾くだけ。映画全体を通してテーマのバリエーションを使うというコンセプトは捨てました」と久石は話した。
久石譲が「距離を置こうとした」と語るように、彼の生み出したシンプルな音は、主人公・眞人の孤独や周囲の人間との距離感が伝わってくる秀逸な仕掛けとなったのだ。
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