「解決策は逃げるか殺されるか」映画『あんのこと』が浮き彫りにする“日本の病理”をノンフィクション作家・中村淳彦が徹底解説
入江悠監督の最新作映画『あんのこと』が公開中だ。毒親に悩む少女が主人公の本作では、虐待や貧困の実態がリアルに描出されている。今回は『東京貧困女子。 彼女たちはなぜ躓いたのか』(2019年、東洋経済新報社)などで知られるノンフィクション作家、中村淳彦氏のレビューをお届けする。【あらすじ キャスト 考察 解説 評価】
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【著者プロフィール:中村淳彦】
ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場でフィールドワークを行い、貧困化する日本の現実を可視化するために、傾聴・執筆を続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)は2019年本屋大賞ノンフィクション本大賞にノミネートされ、WOWOWにて連続ドラマ化(主演・趣里)された。また「名前のない女たち」シリーズ(宝島社)は2度の劇場映画化をされている。自身の取材テクニックを公開した初の傾聴本『悪魔の傾聴 会話も人間関係も思いのままに操る』(飛鳥新社)は11刷5万部突破。
毒親の解決策は「逃げるか殺されるか」
「あまりにも現実です。手に負えない毒親からはじまる底辺のフルコースを突きつけられて、鑑賞後に魂を抜かれてどっと疲れてしまいました。現在にも膨大に当事者が存在(本当に山ほど)する毒親との解決策は、逃げるか殺されるかの二択です。逃げること、家族と断絶することの大切さを『あんのこと』から感じましょう」
これはキノフィルムズ宣伝部から依頼され、筆者が書いた『あんのこと』の公式ホームページや新聞広告に掲載された推薦コメントだ。
多くの人が見てくれて評判がいいので、映像表現としての作品評は他の方に任せて、まるでノンフィクションを見ているようだった本作の、この推薦コメントの続きを書いていく。
筆者はこの映画を鑑賞後、本当に脱力して疲れ切った。大きなため息が漏れて、数分間呆然とした。本作に描かれたのは毒親に人生を蝕まれ、これ以上ないだろう底辺に転落し、それでも必死に生きようとする杏という21歳女性の話だった。
タイトル『あんのこと』の意味がわからなかったが、「杏のこと」という意味だった。入江悠監督は毒親からはじまる悲惨な杏の実態を、これでもかというほどリアルに描いていく。
転落の象徴ともいえる未成年売春や覚せい剤だけでなく、赤羽、老朽団地の上階、着古したジャージ、物だらけの玄関、ゴミだらけのリビング、女だけの三世帯、町中華、文盲、母親が水商売、社会の最底辺な母親の男、非正規介護職、子どもを押しつけるシェルターの隣人、欲まみれの支援者などなど、登場する環境や事象がいちいちリアルだ。
実際に底辺の人々は本当に町中華が好きだったりする。そして、物語が進むたびに苦境に陥る主人公の杏だけでなく、観ている者も針で刺されたような痛いダメージが積み重なっていく。