実話を基にした“泣ける邦画”の決定版は? 心震える感動作5選【日本映画編】ノンフィクションを基にした珠玉の作品たち
「事実は小説より奇なり」という言葉があるが、現実に起きた出来事は、時に、精巧に作られたフィクションよりも深い感動をもたらし、観客の胸を打つ。今回は、実話を基にした心が温まる日本映画を5本セレクト。疲れた心にそっと寄り添ってくれる、珠玉の作品をセレクトした。(文・阿部早苗)
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【著者プロフィール:阿部早苗】
神奈川県横浜市出身、仙台在住。自身の幼少期を綴ったエッセイをきっかけにライターデビュー。東日本大震災時の企業活動記事、プレママ向けフリーペーパー、福祉関連記事、GYAOトレンドニュース、洋画専門サイト、地元グルメライターの経験を経て現在はWEB媒体のニュースライターを担当。好きな映画ジャンルは、洋画邦画問わず、社会派、サスペンス、実話映画が中心。
多面的な見方ができる近年屈指の良作
『さかなのこ』(2022)
上映時間:139分
監督:沖田修一
脚本:沖田修一、前田司郎
原作:さかなクン「さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜」
出演者:のん、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、さかなクン、三宅弘城、井川遥
【作品内容】
魚が大好きな小学生のミー坊は、いつも魚のことばかり考えていた。周りの子供たちとはちょっと違うミー坊を心配する父親とはうらはらに、母親は彼を信じ続け、やりたいことを否定せずに見守り続けていた。
【注目ポイント】
魚類学者でタレント・“さかなクン”の知られざる半生を綴った自叙伝を原作に、映画『南極料理人』(2009)『子供はわかってあげない』(2021)などを手がけた沖田修一監督がメガホンを取った。
“さかなクン”本人も出演し、女優・のんが性別を越えて主人公を熱演。主人公を温かく見守る母親を井川遥、同級生を柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音ら豪華キャストが演じている。
子供の頃からお魚が大好きなミー坊(のん)は、どんな時でも彼を信じる母親(井川遥)の存在によって、自分らしく成長していた。しかし、高校卒業後に決まった水族館の仕事は魚が好きすぎて空回りし、他の仕事も上手くいかない。そんな彼が、友人や家族の優しさに支えられながらテレビ出演を果たすまでの道のりを描いた作品だ。
魚に熱中するミー坊に心配のまなざしを向ける父親と違って、母親はそれを我が子の個性と捉える。息子を信じ続け、やりたいことを絶対に否定しない。水族館に行けば閉館まで付き合い、タコを飼育したいという無理難題にも笑顔で応える。
勉強が苦手なミー坊に「勉強が苦手な子もいれば、得意な子もいる」と伝える。子供の好きなことや、やりたいことを見守り続け、苦手なことを無理にさせない。決して「頑張れ」とは言わない母親の姿勢は簡単なようで難しい。本作は主人公がさまざまな体験を通して内面的に成長していく過程を描く「ビルディングスロマン」であると同時に、母親の愛を描いた傑作でもある。
母から無償の愛を受けて育ったミー坊は真っ直ぐに育っていく。不良に絡まれるシーンでは、恐れることなく釣った魚をさばいて不良に「美味しいよ」と渡す。コミカルなやり取りを交わすうちに、いつのまにか不良とも仲良くなっている。バックグラウンドの異なる者と自然に打ち解けていくミー坊の周囲には笑顔が絶えない。
主人公が関わる幼馴染みや友人、母親の優しさに触れるシーンは観る者の心を温かくさせる。その中でも、個性的なミー坊を演じたのんの演技は秀逸だ。ちなみに小学生時代のミー坊が“さかなクン”と出会うシーンでは、さかなクンは、お馴染みのハコフグ帽子を被ったちょっと変わった“ギョギョおじさん”として登場する。
“ギョギョおじさん”はもしかしたら、理解者に恵まれない世界に生まれていた“さかなクン”なのかもしれない。そう考えると、昨今流行りのマルチバース映画にも見えてくる。何度観ても楽しめる、多様な解釈に開かれた近年屈指の良作と言っていいだろう。