愛すべき汚れ役
段田安則(藤原兼家)
段田安則が演じる兼家は不遇の時代を乗り越えて、政のトップに君臨した男であるだけに傲慢さや欲心は強い。とはいえ、兼家は単なる利己的な男ではない。兼家は上を目指すことを宿命とする一族としての重荷を背負っているのだ。段田は兼家の狡猾さを醸し出すだけでなく、顔や目の表情を工夫することで、家の長としての重圧の中で生きていることを視聴者に伝えてみせた。
兼家の最大の見せ場は、第14回「星落ちてなお」における兼家が人生の幕を閉じるシーンだろう。髪を剃り、白い着物を身にまとい、庭で立ちつくす兼家の姿は印象的であった。この世のすべてを手に入れたような人物であっても老いや病には勝てない。
死を前にすると、権力は払拭され、一人の人間になることを観る者に教え説くような迫真の演技であった。庭で立ちつくす兼家のまなざしは、この世にやり残したことがあると悔いているようにも、人生に満足しているようにも見える。段田は立ち姿だけで兼家の人生における苦楽を物語っていた。
『光る君へ』および「源氏物語」は、人間のはかなさや、虚しさがテーマになっているが、段田が兼家を演じたことで、このテーマが作中により色濃く反映されることになった。