相模原障害者施設殺傷事件をテーマにした衝撃作
『月』(2023)
監督:石井裕也
脚本:石井裕也
原作:辺見庸
出演:宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー
【作品内容】
夫とふたり暮らしをしている元作家の洋子(宮沢りえ)は、障害者施設で働き始める。しかし、施設内では職員による入所者への虐待が日常化していた。そんな状況に憤る職員のさとくん(磯村勇斗)だったが、次第に歪んだ正義感を強めていく。
【注目ポイント】
本作がモデルとなった事件は、2016年に神奈川県相模原市で発生した「相模原障害者施設殺傷事件」だ。19名が命を落とし、職員を含む計26名が重軽傷を負ったことで社会に衝撃を与えた事件でもある。
犯行に及んだのは、施設に勤務していた元男性職員。施設に在職していた時は優しい一面があったというが、元々施設内で起きていた虐待を目の当たりにしたことで思想が変わり始めたようだ。それは「意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべき」といった恐ろしいものだった。
事件の数カ月前には衆議院議長宛に犯行予告を送るなどし、精神科への入院措置が取られたものの、退院後の社会的監視が不十分だったため、最悪の事態が起きてしまう。この事件をモチーフにした作家・辺見庸の同名小説を原作に、監督の石井裕也が独自に再構成を行ったのが映画『月』だ。
映画では、元作家・洋子(宮沢りえ)の視点から、後に犯罪者となってしまう職員・さとくん(磯村勇斗)や施設内の日常化した虐待などを映し出していく。
さとくんは一見優しくて穏やかな青年だが、彼の内面には独自の世界観があり、徐々に思想の歪みが見えてくる。そして彼自身「真実を見ている」と信じて疑わない。一方で洋子は、彼の言葉によって自分の内面に障害への偏見や距離感が潜んでいることに気づき始める。
洋子は、かつて重度の障害を持って生まれた我が子を幼くして亡くすという深い悲しみを経験しており、再び妊娠したことによって生まれてくる子どもが障害を抱える可能性について思い悩んでいた。そして命を授かる喜びと同時に、その先の選択に葛藤していたのだ。
物語は、夜にさとくんが施設を襲撃した翌日で幕を閉じ、何とも言えない後味を残す。しかし、彼の「歪んだ思想」は、社会が持つ無意識の偏見を象徴し、洋子の葛藤は、現実社会で多くの人が抱える「見て見ぬふりをする差別心」を映し出しているように感じてならない。