伝説の殺陣師が魅せる煌びやかな様式美
『恋山彦』(1959)
監督:マキノ正博
脚本:比佐芳武
出演者:大川橋蔵
【作品内容】
元禄・五代将軍綱吉の世、実権は柳沢吉保が握っていた。伊那・虚空蔵山の頂には平氏の末裔である若武者・伊那の小源太を首領とした一族が暮らしており、朝廷を討つ機会を待っていた。
ある日、人身御供として連れてこられた娘のお品から父を柳沢に殺されたのだと聞いた小源太は、これを機に江戸城へと乗り込んでゆく。
無念にも返り討ちにあった小源太だったが、画師の一蝶に匿われ、自分と瓜二つの町道場の主・島崎無二斎と出会うことになる。
【注目ポイント】
これぞ東映時代劇の黄金期という、煌びやかな歴史ロマン時代劇。まさに王子様とお姫様が出てくる夢の世界が愉しめる。
殺陣師は足立伶次郎。戦前から戦後まで大スター・片岡千恵蔵を中心に手をつけてきた伝説の殺陣師である。この作品では、足立の手による大川橋蔵らしい艶やかな舞いに加えて、派手な衣裳による超難易度の大立ち回りが堪能できる。
橋蔵が大群を相手に立ち回る見せ場は3度ある。なかでも、江戸城にて白金色の長袴に薙刀で闘う小源太の凄さは、大川橋蔵の弟子であった峰蘭太郎一押しのシーンだ。
長い裾を引きずり、その中の足で巧みに裁きながらなめらかに躍動し、石段を駆け上がり、元結いが切れて長い髪を振り乱しながら闘う悲劇的な姿は、これぞ日本の美意識と手を打ちたくなる。まわりの斬られ役が、橋蔵の長袴を踏まずに立ち回るところも、峰による観賞ポイントだ。
優雅でメリハリが効いており、歌舞伎の名残を色濃く残しながらも、現代に通ずる殺陣を見せる橋蔵。幼い頃から芸事を徹底的に叩き込まれてきた歌舞伎出身の橋蔵だからこそ、可能であった究極の立ち回りだ。
橋蔵は振り返らずとも、誰がどこにいるかを理解して立ち位置を指示し、殺陣が決まったあとに落ちてくる髪さえもコントロールできるような超人的な役者であったという。
所作も殺陣も表情も難なく使い分け、平家の末裔と町の道場主という身分の違いを軽やかに演じきる。いまとなっては見ることができない華やかなメイクも含めて、銀幕の大スターとはどういうものであったかを教えてくれる。
まだ剣戟の音が入らない頃の作品で、こういった様式美に溢れた時代劇がなくなった昨今、現代の鑑賞者にとっては新鮮なものとして目に映るかもしれない。
平安時代の極彩色の絵巻物が動いているような映画だ。
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