伝説の未解決事件の犯人は女子高生?
『初恋』(2006)
上映時間:114分
監督:塙幸成
脚本:塙幸成、市川はるみ、鴨川哲郎
出演:宮﨑あおい、小出恵介、宮﨑将、藤村俊二
【作品内容】
実母に捨てられ、親戚の家で育てられた高校生のみすず(宮崎あおい)は、ある日、男から襲われたかけたことで、精神のバランスを崩してしまう。そんな中、長らく交流が途絶えていた兄・リョウ(宮﨑将)から渡されたマッチ箱に書かれていた新宿のジャズ喫茶に足を運ぶのだが…。
【注目ポイント】
中原みすずの同名小説を映画化した本作の舞台は、1968年の東京。明治維新からちょうど100年目にあたるこの年、日本経済は絶好調で、国民総生産(GNP)がアメリカに次ぐ世界第二位を記録した年としても記憶されている。一方で、政治運動が世界的に盛り上がりを見せた年でもあり、日本でも学園紛争が全国各地で活性化していた。
そんなカオスな1968年。現代史に残る未解決事件が勃発する。「三億円事件」である。白バイ隊員に扮した謎の男が現金輸送車から大金を奪い、逃げおおせた、前代未聞の怪事件である。
本作は、「もし三億円事件の犯人が女子高生だったら?」という突飛な発想に基づいたフィクションとなっている。型破りなアイデアであるとはいえ、映画では1968年当時の風俗がリアルに描かれている。宮崎あおい演じるヒロインのみすずが、兄に連れられて入りびたる「ジャズ喫茶」もその一つだろう。当時のジャズ喫茶は不良少年、少女たちのたまり場であり、違法薬物が蔓延するなど、退廃的なムードが漂っていた。
友だちも恋人もおらず、孤独な日々を送っていたみすずは、ジャズ喫茶で東大生の青年・岸(小出恵介)と出会い、恋に落ち、岸を含めた不良グループから強盗計画に誘われ、それに乗る。
映画は、白バイ隊員に扮装したみすずが土砂降りの雨の中、粛々と計画を実行する過程をじっくり映し出す。社会への不満を抱えていた当時の大衆にとって、三億円事件の犯人は、嫌悪の対象である以上に、権力の鼻を明かしたヒーローでもあった。
しかしながら、映画は大金を得たみすずたちの栄光を描くことはしない。大物政治家を父に持つ岸は、事件発覚を恐れた父との軋轢の末、仲間の前から姿を消す。また、みすずの兄・リョウは、政治的な諍いに巻き込まれ、リンチを受けた末に死亡する。
こうして、一躍「影のヒーロー」となったみすずは、再び孤独の身に舞い戻る。強奪した3億円は手つかずのまま。犯行に及んだ若者たちは早くに亡くなり、初恋は脆くも潰える。観終わった後、切ない気持ちになる恋愛映画の佳作だ。