辞書作りの静かな情熱の波

『舟を編む』(2013)

松田龍平
松田龍平【Getty Images】

原作:三浦しをん
監督:石井裕也
脚本:渡辺謙作
キャスト:松田龍平、宮﨑あおい、小林薫、オダギリジョー

【作品内容】

 出版社・玄武書房で、中型国語辞典『大渡海』の刊行計画が進む。社内で「金食い虫」と呼ばれる辞書編集部であったが、馬締光也(松田龍平)はじめ、編集部の静かな情熱と地道な作業により、何度も危機を乗り越えていく。

【注目ポイント】

 学生の頃、ただただ重かった分厚い国語辞典が、こんなに大変で長い作業の末、生まれているとは! まだ本棚の片隅にあるボロボロの辞典を抱きしめたくなった。

 まさに言葉の海を渡る作業。映画で描かれた辞書編集部の仕事は、静かだが、ある意味、とても雄弁だ。暗い資料室にある100万以上の言葉をまとめ、チェックし、新しい言葉は「用例採集カード」に書いていく。

 ひたすら地味な作業が描かれているのに、ワンシーンワンシーン、愛おしい。言語感覚は鋭敏だが、コミュニケーションが下手な主人公・馬締を、松田龍平が好演。彼のシーンによくある、言葉にうまくできず、ただただ戸惑う「えっ? えっ?」の連発は、音楽のように心地いい。

 馬締とは逆、地味な作業は苦手だが、コミュニケーションは得意な西岡役のオダギリジョー、彼の恋人・三好役の池脇千鶴とのコンビは、この映画のもう一つの主人公だ。

 13年という長い長い時間をかけて、辞典が編まれていく物語は、1995年から、2009年デジタル移行の時期と重なり、紙の本の尊さも思い出させてくれる。

「言葉は生まれ、死んでいく言葉もある。生きている間に、変わっていくものもあるのです。言葉の意味を知りたい、とは、誰かの気持ちを正確に知りたいということです。それは、人とつながりたいという願望ではないでしょうか。だから私たちは、今を生きる人のために作らなければいけない」

『大渡海』監修・老国語学者、松本の名言に、言葉は生き物なのだと気づかされる。演じるのは加藤剛。名演である。

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