助けるはずだった人々が加害者に転じる展開に
『ドッグヴィル』(2003)
監督:ラース・フォン・トリアー
キャスト:ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、ローレン・バコール
【作品情報】
孤立した山あいの村・ドッグヴィルに、ある日、追われる身の美しい女性グレースが現れる。彼女を匿うことにしたのは、心優しい青年トムと村の住人たち。最初は温かく迎えられるグレースだったが、ある出来事を境に、村人たちの態度は徐々に変化していく。不穏な空気が村全体に広がり、やがて想像を絶する結末を迎える。
【注目ポイント】
ラース・フォン・トリアー監督が手がけた『ドッグヴィル』(2004)は、ニコール・キッドマン演じるグレースと、彼女を迎え入れた村人たちとの関係性の変化を通して、人間の内に潜む偽善と残酷さを容赦なくあぶり出す異色のドラマ作品である。
一見善良に見える村人たちは、「追われる女性を助ける」という名目でグレースを受け入れるが、その善意は次第に“見返りを求める支配”へと姿を変える。最初は村の手伝いを条件に滞在を許されていた彼女だが、やがてその労働は過酷なものとなり、理不尽な要求が積み重なっていく。やがて彼女は、奴隷のように扱われ、尊厳を奪われていく。
本作が特異なのは、その舞台設定にある。セットは線で区切られただけの簡素な空間で、建物の壁すら描かれていない。まるで舞台劇のような形式にすることで、登場人物の行動や感情がむき出しとなり、観客の想像力に訴えかけてくる。その演出が、登場人物たちの偽善的な振る舞いや、彼らの変貌をより強調して見せる。
やがてグレースは首輪をはめられ、自由を完全に奪われる。信じがたいことに、村の男たちは理性を失い、次第に彼女に対して性的暴行を加えるという非道な行為にまで及ぶ。助けるはずだった人々が、最も深い暴力の加害者へと変わっていく様は、あまりに生々しく、見る者に強烈な嫌悪感を抱かせるだろう。
そして迎えるラスト――グレースは、村人たちの行為に対して凄惨な復讐を果たす。それは明らかに彼らの所業への“報い”であると同時に、「正義とは何か」「悪にどう向き合うか」という問いを観客に突きつける。暴力でしか悪を断ち切れない人間の悲しい性が、突き刺さるように描かれている。
この復讐は決して“カタルシス”ではなく、観終わったあとに深い虚無とやりきれなさが残る。人間社会の本質を赤裸々に見せつけられるような、強烈な後味を持った一本である。