最も認知症の役が上手かった俳優は? 映画史に残る壮絶演技5選。観る者の心を揺さぶる魂の名演をセレクト
高齢化が進む現代において、「認知症」はもはや遠い世界の出来事ではない。そんな時代を映し出すかのように、映画やドラマでも認知症をテーマにした作品が数多く生まれている。今回は、観る者の心に深く染み入り、リアルさを超えて“人間の尊厳”や“記憶の輪郭”まで描き出した5人の俳優たちの魅力を解説する。(文・阿部早苗)
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【著者プロフィール:阿部早苗】
仙台在住のライター。2020年にライターデビュー。これまで東日本大震災での企業活動をまとめた冊子「こころノート」第2弾、プレママ向けフリーペーパーを執筆した他、エンタメニュース、福祉関連記事、GYAOトレンドニュース、地元グルメライターなどWEB媒体を中心に執筆。映画なしでは生きられないほど映画をこよなく愛する。
消えゆく記憶の中に残る、夫婦の愛を巧みに表現
渡辺謙 『明日の記憶』(2006)
【作品内容】
50歳を迎えたサラリーマン・佐伯雅行は、若年性アルツハイマーと診断され衝撃を受ける。記憶が徐々に失われていく現実に戸惑いながらも、妻・枝実子の支えのもと、病と向き合い生きる決意を固めていく感動の物語。
【注目ポイント】
映画『明日の記憶』(2006)は、若年性アルツハイマー病と診断された50代の男性が、自身の記憶喪失と向き合う姿を描いた作品。主人公・佐伯雅行を演じるのは、国際的にも高く評価される俳優・渡辺謙である。
佐伯は広告代理店の部長として責任感を持って働く男だったが、次第に予定を忘れ、人の名前を忘れ、同僚の顔が思い出せず、重要な会議では言葉が出てこなくなる。最初は疲れだと笑い飛ばしていた妻・枝実子も、その異変に気づき始める。日常の些細な違和感が積み重なり、やがて“若年性アルツハイマー”という診断が下されるのだ。
本作は、若年性アルツハイマーと診断された夫に寄り添う妻・枝実子(樋口可南子)との関係を丁寧に描きつつも、ひときわ目を引くのは、渡辺謙の圧巻の演技である。
病気の進行とともに、佐伯の男としてのプライドや家族を守る責任感が崩れていく苦悩を、渡辺謙は誇張せず、視線の揺れや言葉の詰まり、沈黙の間で巧みに表現している。
特に印象的なのは、妻と向き合えなくなる場面だ。記憶を失うことで、彼は自分が妻を愛しているという自覚すらも危うくなる。しかし、その中でも枝実子にだけに向けられる特別な表情は残っており、消えかけた夫の中に残る最後の愛を繊細に演じ切っているのだ。
『明日の記憶』は認知症を描く作品であると同時に、記憶を失ってもなお夫婦であり続けることの意味を問いかける映画でもある。その核となるのが、渡辺謙の深く繊細な演技だ。観終えたあと、愛とは何かを静かに問いかけられる、胸に深く残る作品である。