生きることへの真剣なまなざしを繊細に表現

中山美穂 『蝶の眠り』(2018)

中山美穂
中山美穂【Getty Images】

【作品内容】

遺伝性アルツハイマーを告知された50代の人気作家・涼子は、「魂の死」を前に小説以外の何かを残そうと大学講師に。ある日、居酒屋で出会った韓国人留学生チャネと共に執筆を始め、年齢も国籍も超えた心の交流が芽生えていく。しかし、記憶が薄れていく中で、ふたりの関係にも静かな試練が訪れる。

【注目ポイント】

作家として静かに、しかし情熱的に生きる女性の最期の時間を描いた映画『蝶の眠り』(2018)。主演を務めた中山美穂は、若年性アルツハイマー型認知症と診断される主人公・涼子を繊細に演じた。

物語は、ベストセラー作家として活躍していた涼子が、突然、若年性アルツハイマーの診断を受けるところから始まる。まだ50代という若さ。執筆という創造的な行為に向き合いながら、記憶が徐々に失われていく現実。その過程を、涼子は愛する韓国人留学生・チャネと共に過ごし、生と死の境界に立ちながら懸命に生きようとする。

認知症をテーマにした作品の多くが、症状や混乱を外側から描くのに対し、本作は涼子の内面に深く寄り添い、生きることと忘れていくことを自身の意思で見つめ続ける姿を丁寧に描いている。その変化のひとつひとつを、中山美穂は言葉の間、まなざしの揺れ、動作の一瞬に宿る迷いや恐れとして自然に、そして繊細に表現した。

記憶は薄れても、感情や人への愛情、人生で培われた人間性は決して失われない。涼子が最期まで「書き続けたい」と願い続ける姿こそが、その証である。

『蝶の眠り』は、認知症というテーマを単なる病としてではなく、一人の人間が人生をどう全うするかという本質に真摯に向き合った作品だ。その軸に立つ中山美穂の演技は、女優としての枠を超え、ひとりの「生きる人」として観る者の心に深く染み入る、渾身の表現であった。

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