狂おしい母性愛と、マスク越しの息子の情感

富司純子×尾上菊之助『犬神家の一族』(2006)

富司純子&尾上菊之助
富司純子&尾上菊之助【Getty Images】【尾上菊五郎公式Instagramより】

監督:市川崑
出演:石坂浩二、富司純子、尾上菊之助

【作品内容】

 昭和22年、信州・諏訪を治める犬神財閥の当主・犬神佐兵衛が死去したことで莫大な遺産を巡り、不穏な空気が一族に漂い始める。

 顧問弁護士・若林(嶋田豪)は争いの火種を察知し、名探偵・金田一耕助(石坂浩二)を東京から呼び寄せるが、金田一の到着当日、若林が何者かに殺害される。やがて、血塗られた連続殺人の幕が開く。

【注目ポイント】

 映画『犬神家の一族』(2006年)は、1976年に公開された同名映画を市川崑監督が自らセルフリメイクした作品であり、監督として最後の映画となった。前作と同様に、名探偵・金田一耕助を石坂浩二が演じ、さらに実の親子である富司純子と尾上菊之助が劇中でも母子役として共演したことが、大きな話題を呼んだ作品だ。

 本作で尾上菊之助は、白いゴムマスクを被った犬神佐清を演じ、声だけで感情を表現する難役に挑んだ。一方、富司純子は佐清の母・犬神松子を演じている。

 特に印象的なのは、松子が佐清に抱く深い愛情と執着が露わになる場面。長年行方不明だった佐清が帰還し、母としての喜びと安堵が一気にあふれ出すその瞬間、松子の狂おしいまでの母性愛が画面を通して伝わってくる。

 そしてクライマックスで真相が明かされた後、松子が心の内を訴えるセリフや、佐清が母・松子をそっと抱きしめる場面には、親子だからこそ生まれる切なさと深い情愛がにじみ出ている。

 公開当時の舞台挨拶で、富司純子は息子との共演について「本当に幸せでした」と喜びを語り、尾上も「家庭の母しか知りませんでしたので、とても勉強になりました」とインタビューで述べている。実の親子が劇中でも母子を演じたことで、感情の繊細な交錯がより深く描かれた作品となった。

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