原爆投下での苦しみをモノクロ映像で鋭く表現
『黒い雨』(1989)
監督:今村昌平
脚本:石堂淑朗、今村昌平
出演者:田中好子、北村和夫、市原悦子、三木のり平
【作品内容】
昭和20年8月6日、広島に原爆が投下され20歳の矢須子は疎開先から瀬戸内海を渡る途中、黒い雨を浴びてしまう。それから5年後、叔父の重松夫妻とその母とともに福山市で暮らしていたが、体に異変が起き始める。
【注目ポイント】
日本の戦争映画の中でも、国内外で高い評価を受けた傑作のひとつが、1989年に公開された今村昌平監督の『黒い雨』である。原作は、作家・井伏鱒二による同名小説。1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾――その直後、爆心地から離れた地域に降った“黒い雨”を浴びた人々の、その後の過酷な運命を、静謐な筆致で描き出す。
物語の主人公は、矢須子という若い女性。原爆投下時、爆心地からやや離れた地域で黒い雨に遭遇し、その経験が彼女の人生を大きく変えていく。戦後、叔父夫婦と共に慎ましく暮らしながらも、平穏な結婚生活を望む矢須子。しかし、縁談が進むたびに「被爆者ではないか」という疑念が立ちはだかり、幸せへの道は何度も断たれていく。黒い雨は、彼女の身体だけでなく、見えない烙印として社会的偏見のなかに染み渡っていた。
本作の特筆すべき点は、モノクロ映像による重厚な描写である。色彩を排したことで、原爆の恐怖や被害の生々しさよりも、戦後を生きる者たちの痛みと沈黙が強く際立つ。『黒い雨』は、被爆の直接的恐怖にとどまらず、その後に続く差別や偏見、静かに蝕まれていく心身の苦悩に深く切り込んでいる。
国内では、第13回日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめ、10部門以上を受賞。さらに、カンヌ国際映画祭では高等技術委員会賞を受賞するなど、海外でも高い評価を受けた。
怒りと祈りが交錯するモノクロームの画面には、今村昌平監督ならではの鋭利な視線と、深い人間への慈しみが宿る。『黒い雨』は、戦争という巨大な暴力が個人の生活に何をもたらすのか、その本質に静かに、だが確かに迫った作品である。戦争と平和を見つめ直すために、今なお私たちの心に問いを投げかけ続ける、決して色褪せることのない記録だ。