キャラクターの内面がすべてを動かす、坂元裕二の真骨頂

『怪物』(2023)

安藤サクラ
安藤サクラ【Getty Images】

監督:是枝裕和
脚本:坂元裕二
キャスト:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希

【作品内容】
 平穏な日々を送っていたシングルマザーの母子や教師たちは、学校で起きた子ども同士のケンカを発端に、事態はメディアを巻き込む騒動へと発展する。やがて嵐の朝、子どもたちが突然姿を消してしまう。

【注目ポイント】
 現代日本を代表する脚本家・坂元裕二。その名を国際的に知らしめた代表作が、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した本作である。

 前述の『シン・ゴジラ』が徹底的なプロット主導型の脚本であるとすれば、坂元は現代日本におけるキャラクター主導型の最も優れた実践者のひとりだ。彼の代表作であるドラマ『それでも、生きてゆく』(2011、フジテレビ系)や『カルテット』(2017、TBS系)に見られるように、登場人物の内面の掘り下げや、人物同士の関係性の変化を繊細に描く手腕は卓越しており、キャラクターの動きそのものが物語を駆動させていく。

 こうした人物主導型の語りは、映画よりも尺に余裕のあるテレビドラマシリーズとの相性が良く、坂元の脚本が多くの名作連続ドラマを生み出してきたのもそのためだ。

 とはいえ、単発ドラマ『スイッチ』(2020、テレビ朝日系)や本作のように、2時間前後の枠に収まる作品でも、坂元はサスペンスの要素を取り入れることでプロット主導型の緊張感とキャラクター主導型の深みを両立させている。特に本作においては、登場人物たちの複雑な心理や関係性の綾が物語の根幹を成しており、その語り口の巧みさが際立つ。

 また、坂元脚本の魅力は台詞回しにも表れている。コメディ作品ではないにもかかわらず、ところどころに笑いを誘うセリフが巧みに織り込まれ、重苦しくなりがちな空気を絶妙な緩急で調整している。セリフのセンスと間合いの妙は、まさに彼の脚本家としての真骨頂だ。

 キャラクター主導型の脚本の美点を極限まで高め、なおかつプロットの緊張感を失わないバランス感覚。その完成度の高さが、坂元裕二を世界に誇る日本の脚本家たらしめている。

【著者プロフィール:ニコ・トスカーニ】

大学卒業後、IT技術者をしながら「ニコ・トスカーニ」のペンネームで兼業ライターとして活動。学生時代の専攻は英文学。
また共同制作者、脚本家として『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の3本の劇場公開作がある。
海外16か国に渡航したことがあるが、今のところすべて自腹である。

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【了】

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