人間の根源的な感情や社会の在り方を真摯に問いかける
『ヘブンズストーリー』(2010)
監督:瀬々敬久
脚本:佐藤有記
出演者:寉岡萌希、長谷川朝晴、忍成修吾、村上淳、山崎ハコ、菜葉菜、栗原堅一、江口のりこ、大島葉子、佐藤浩市
【作品内容】
両親と姉を失った8歳のサト(本多叶奈)は、祖父に引き取られる。テレビで妻と娘を殺されたトモキ(長谷川朝晴)が「法律が許しても、僕がこの手で犯人を殺してやります」と言い放つ姿を見たサトは、その言葉に強い衝撃を受ける。
【注目ポイント】
瀬々敬久監督による映画『ヘブンズストーリー』(2010)は、現代日本社会に潜む深い闇と、凶悪犯罪の本質に迫る衝撃作である。
本作の背景には、1999年に山口県光市で起きた「光市母子殺害事件」の存在がある。当時18歳の少年によって、無差別的に母親と幼い娘が殺害されたこの事件は、社会に大きな衝撃を与え、少年法や刑罰制度を巡る議論を巻き起こした。
劇中では、妻と娘を殺された男がテレビカメラの前で「僕がこの手で犯人を殺してやります」と語るシーンが印象的だが、「光市母子殺害事件」の被害者遺族の男性も「犯人を今すぐ僕の前に出してください。僕がこの手で殺します」という言葉を残している。
とはいえ、瀬々監督は、本作において事件の詳細を直接的に描くことはせず、事件の詳細を直接描くのではなく、そこから着想を得て、加害者・被害者・遺族・周囲の人々の複雑な感情と葛藤を重層的に描いている。
物語の中心には、未成年の少年・ミツオ(忍成修吾)によって家族を奪われ、復讐にとらわれるトモキ(長谷川朝晴)と、幼少期に家族を殺され心に傷を負ったサト(本多叶奈/寉岡萌希)がいる。さらに、加害者であるミツオ自身の心の闇も、もう一つの核心として描かれる。
本作は、復讐と贖罪、孤独と憎悪、そしてその周囲にある社会の視線を通して、「誰もが加害者にも被害者にもなり得る」という問いを投げかける。殺人という行為がもたらす痛みは、加害者が裁かれた後もなお終わることはない。時間が経っても癒えることのない遺族の苦悩、報われることのない怒りが丁寧に描かれていく。
実在の事件をモチーフとした作品でありながら、本作がセンセーショナルな描写に傾かず、人間の根源的な感情や倫理観、社会の在り方を真摯に問いかけてくるのは、そこに終わることのない痛みが存在するからに他ならない。