“普通の顔をした加害者”の存在が織りなす恐怖
『クリーピー 偽りの隣人』(2016)
監督:黒沢清
脚本:黒沢清、池田千尋
原作:前川裕『クリーピー』
出演者:西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之
【作品内容】
元刑事の犯罪心理学者・高倉(西島秀俊)は、同僚の野上(東出昌大)から一家失踪事件の分析を依頼される。一方、新居で出会った隣人・西野一家に違和感を覚える中、西野の娘・澪(藤野涼子)が「父は他人」と告白し、恐るべき真実が明らかになっていく。
【注目ポイント】
黒沢清監督による2016年の映画『クリーピー 偽りの隣人』は、隣人の異常性がじわじわと日常に侵食していく過程を描いた心理サスペンスである。フィクションでありながら、その構造や描写には、実在の凶悪事件――2002年の北九州監禁殺人事件や、2012年に発覚した尼崎連続変死事件などを想起させる要素が色濃く反映されている。
北九州事件では、主犯の男が言葉による巧妙なマインドコントロールで複数の人々を支配し、家族同士に殺人をさせた。犯行の手口は悪質そのものであり、被害状況は凄惨極まりなく、事件発覚当時、報道規制が敷かれたことはつとに有名だ。事件の一部始終はルポルタージュ「消された一家―北九州・連続監禁殺人事件」 (新潮文庫)に書かれているが、あまりのおぞましさにページをめぐる指が震えるほど。この事件の構造は、映画『クリーピー』に登場する隣人・西野(香川照之)とその家族の不自然な関係に重なる。
西野の家では、妻や娘が彼に支配され、静かに従って生活しており、やがて主人公・高倉(西島秀俊)の妻(竹内結子)までもがその影響下に置かれていく。
また、暴力と恐怖によって人間関係を支配した尼崎事件との構造的な共通点も見逃せない。映画でも、主人公の妻が夫婦関係の隙間を突かれ、いつの間にか精神的な拘束を受ける過程が丁寧に描かれている。
『クリーピー』が示すのは、「家庭」という最もプライベートで安心な場所が、いかにして支配と暴力の温床になり得るかという現実だ。外からは見えにくい閉鎖的な関係性や、言葉による支配、そして“普通の顔をした加害者”の存在が織りなす恐怖。それは決して特別な出来事ではなく、誰の隣にも潜むかもしれない危うさを突きつけてくる。